穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

裕子来襲

2023-01-10 07:24:31 | 小説みたいなもの

 彼女がエレベーターで上がってくる前にパソコンを急いでシャットダウンした。彼女が部屋に入ってくるとマックのテークアウトとすぐわかる臭みが部屋を満たした。薄いカバ色の紙袋の中のポテトチップスが強烈な臭いを発している。人一倍臭覚と美的感覚の発達している彼は思わず息を止めた。
 彼女はすでに手慣れた手順で新しい赤い花を活け替えた。彼は花の名前など一つも知らないが、彼女は赤い色が好きらしく、いつも同じ色の花を持参する。終わると彼女は「夕食は?」と問いかけた。
「まだだよ」
「ああ、よかった。マックのチーズバーガーを買ってきたのよ。というと袋の中からバーガーとポテトチップスを取り出して机に並べた。バカでかいカップに入った水にちょっと色を付けただけのようなブレンドコーヒーも横に並べた。
「食べましょうよ」と言って彼を見た。「マックは嫌いなの」と怪訝な顔をした。
「臭いがな」
「知らなかった。珍しいね。じゃあ食べない?」
「いや、貰うよ、自分が食べ始めれば臭いは気にならなくなるからね」
「ふーん」というと彼のほうへ一つ押し出した。ニンニクの口臭も他人のものは我慢できないが、自分で食べてしまう分には気にならなくなるのと同じだ。
 口を目いっぱい広げて、のどチンコを見せながら彼女はチーズバーガーにかぶりついた。彼も食べた。
「どう、食べられる?」
「うん」と彼は鼻の下のバーガーを見下ろした。「このレタスがもっとしなびているといいんだがな」
「どうして」と彼女は不思議そうな顔をした。
「そのほうがアメリカ的じゃないか」
彼女は変な顔をした。理解できなかったらしい。