穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

写真整理は残飯処理のようなもの。

2023-01-14 20:42:50 | 小説みたいなもの

 父親の残した写真は整理の手の付けようがなかった。これは残飯整理のようなものだな、と彼は気が付いた。父の遺品をきょうだいで分けるときに、てんでに勝手に我先にめいめいがいいところを持って行ってしまったときの様子を思い出した。
 アルバムに貼って整理された写真は兄弟が分け合ってしまっていた。よく撮れたはっきりと写っている写真はめいめいが我先に取っていったのである。だから残っているのは父が撮ったと思われる素人写真が主であると推測された。ピントが合っていなかったり、どういう目的でとったか、被写体が分からないもの、現像に失敗したものがほとんどなのである。ようするに残った残飯を整理しているのと同じなのである。
 とにかく系統的に分けなければ何が何だか分からない。かれは文房具屋に行って封筒を沢山買ってきた。A4では大きすぎるのではないかと考えてA5くらいの茶封筒を二十枚ほど買ってきた。
 被写体の人物が一人でも分かっている写真は父方と母方に分けた。もちろん兄弟と一緒に映っていたりするのは別にした。つまり写真のなかで彼の知っている人物が入っている写真は、その人物に応じて父方と母方の写真に分ける。しかし父方とはっきりとわかる写真はほとんどない。何しろ父方の親戚で顔の分かっているのは父しかいないのだ。母方は祖父母、叔母たちやいとこなどの親戚はみな顔が分かっているから簡単である。父方はあきらかに会社や役所関係の人物と思われる写真は別にひとまとめにした。
 遺品わけのときにきょうだいが争っていいところを持っていいってしまって、残っているものはピンぼけや素人の失敗写真などである。したがってピンぼけ、周囲が光線が入って白く感光しているもの、注釈の書いていないもので誰が写っているかわからないバラ写真ばかりだ。
そのほかに男で単独に映っている写真はおそらく父の田舎の親類だろうとおもわれる。
 その他で多いのは若い、といっても30前後の女性の写真である。これが非常に多い。そのほか大体三人ほどに絞られる。中でもひとり何十枚も写真がある女性がいる。いかなる関係のあった人物か見当がつかない。この女性の写真は同一の写真の焼き増しが手札型のでも30枚以上ある。美人とは言えないが、肉感的で我の強そうな女である。その他にもこの女性単独の写真が十枚以上ある。まさか芸者のお披露目用の写真でもあるまい。着ている者からはそう判断しにくい。

 ほかにかなりの数の二、三人で写っている写真がある。すこし年配、30過ぎくらいか、どうも素人とは思えないあまり品のない女が二人ほど父の被写体になっている。知っている顔ではなく、どういうかかわりのあった人物かまったく不明であるが、父の異母姉かもしれない。この種の写真が一番判断にまよう。これらはいずれも素人っぽい腕前で父が若いころの被写体と思われる。

 


からまれる

2023-01-14 13:14:05 | 小説みたいなもの

 (本日の原稿は昨年9月30日にアップしたものを修正加筆し再掲するものです。)


 ここ数日プリントをしようとすると、インクが切れていますと表示される。大体においてこういう場合面倒くさいからなかなか新しいインクを買いに行かない。それでも脅迫的な「インクがない」と言う表示が出ても二週間ぐらいは正常にプリントできる。かすれもしない。もっともそう大量に毎日印刷しているわけでもない。
 しかし、新宿で昼飯を食った後で、たしか西口にパソコン関係の量販店があることを思い出して、インクを買うかと駅前の大通りを渡り、ごみごみとした通りを大型量販店に向かったのである。
 相変わらず人出が多い。スマホを見ながら前をよく見ずに歩いている若い男女が多い。こういう連中には突然雑沓した往来の真ん中で立ち止まる。つまらないニュースで突然びっくりして立ち止まるやつ(あるいは雌)がいる。まるで親とか連れ合いの死亡を通告されたとかと思うほど我を忘れて立ちどまる。こんなことをされると後ろを歩いている人間は急には止まれない。だから彼は雑踏では常に前の歩行者の異常行動に注意を払っていたのである。
 前の人間にぶつからないようにと前の歩行者の背中を見ながら注意して歩いていると、ちょうど前を歩いていた背の低い男がいきなり振り返り、すごい形相で因縁をつけてきた。怒鳴り声は大きかったが何を言っているのかは把握できなかった。なにか気に障るようなことがあったらしい。しかし、こちらはスマホを見ていて前方を注意していなかったわけではなく、逆に距離を開けて歩いていた。わけが分からない。ぶつからないようにその男のボサボサの白髪交じりの後頭部に注意していただけである。
 新宿の雑踏にはおかしな人間が多い。こういう時に、たんに「何ですか」と反問しただけで更に逆上する連中がいる。立ち止まって黙って相手を観察した。その男は年齢は3,40歳ぐらいで崩れた感じの自称アルチザン風とも取れた。自由業と言うか、芸能界の縁辺に巣食ういわゆる自由業のルンペン芸能人ともとれないこともない。
 髪を長くのばし、櫛も入れていない。顔の皮膚は睡眠不足を思わせてどす黒く、病的に疲弊した感じである。後ろから歩いてくる私がなにか触ったか何かしたと勘違いしているらしい。場所柄、ドラッグに酩酊した芸術家風の男が多いのかもしれない。 勝手に妄想にとらわれているのだろう。
 私は用心深く距離を保ったまま状況を見極めようとした。相手の男はそのうちに自分の錯覚と悟ったのか、再び前に歩き出した。ヤレヤレ、今日は厄日になりそうだと嘆息した。こういう特異な日は妙なことに続けて変なことに遭うことが多い。注意しようと思った。