穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

A34 古本屋で見つけた本から

2023-01-16 08:37:17 | 小説みたいなもの

 彼はあまり古本屋に寄らないのだが、三省堂も長期工事に入ったし、神保町の書店めぐりもすぐ終わってしまう。そこで毎日一万歩の目標を達成するために、最近は古本屋をのぞくこともある。そこで買った本に次のようなことが書いてある。
 透視と言うのは一方から他方を見るということである。障害物があるとか、非常に遠方にあって普通は見ることが出来ないものを見るということだ。他人の内心の考えを言い当てるような場合も場合によっては透視というかもしれない。一般に超能力のひとつとされる。
 では非常に遠方にある人間の知覚や表象を共有するのをなんというか。憑依と言うのとはちょっと違う。憑依と言うのは一方の人間の意思や命令が相手方に向けられる。つまりとりつくことだ。二人の力関係である。一方が他方を支配する。場合によっては相手はお狐さんだったりマルクスだったりするが。ただ単に相手の見るものを見、聞くものを聞くという現象は、そういう現象があるとして、何というのか。千里眼というのかな。
 その場合、Aという個人の見ていること、聞いていることが空中を伝わってBというまったく関係のない相手に伝わらなければならない。しかも瞬時にというか同時に。こんなことがあるのかどうか。検証が十分に行われているとは言えないが、古来そういう例が報告されている。哲学者のカントなども「視霊者の夢」なる論文をものしている。カントは事実は認めるが検証や説明は不可能であると書いている。この事例がカントが純粋理性判断を執筆した動機といわれている。
 この場合、オカルト現象の体験者がスウェーデンの著名な科学者であって、報告が疑えなかったからであろう。彼の名をスウェーデンボルグという。
 彼は旅行中数百キロ離れたストックホルムの大火を同時刻に「見た」というのである。この場合「見た」と言うのが直接見たのか、ストックホルムの住民例えば彼の知人が見たことが400キロの空中を瞬時に奔ったのかはカントの論文やスウェーデンボルグの伝記では不明である。カントもそこまで分析していない。うかつと言えば迂闊な話である。
 いずれにせよ、この事件がスウェーデンボルグが本格的に霊的問題に取り組む一つの機縁にはなっているらしい。
 そこでだ、そういうことがあるとして、その場合キャリアは何だということである。二地点間で影響しあう場合には必ず仲介者がいなければならない。離れた空間で影響しあうのは代表的なところでは引力や磁力がある。また光は物象を運ぶ媒体となる。じゃあスウェーデンボルグのような場合は何なのだ。一番可能性があるのはやはり「ひかり」か同様の伝播力を持つ電波かニュートリノのような素粒子の仲間だろう。光や電波は一秒で地球を七周半だかする。400キロなんてメじゃない。
 フムフムと唸って彼は一昨日見た夢を思い出しながら、しばし本を置いたのである。