穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

ロケハン続

2023-01-21 06:12:31 | 小説みたいなもの

 テレビで月島の民家が派手に燃えてあがる映像を流している。二階建ての民家だという。周りにはすぐ近くにタワーマンションが林立している。すると東京のど真ん中にもこういう木造のしもた屋がタワーマンションと軒を接しているところが残っているのだ。月島が都心と言えるかどうかだが、銀座からだとタクシーで十分ぐらいで行けるところではないか。
 彼は昨日探索した江東区のような都心から離れた場所だけではなくて、都心のロケハンをしなければいけないと思った。都心というかお城から一里以内のところにもロケハンを広げる必要を痛感した。そういえば、侵入者は男性とも限らない、と彼は先入観も考え直したほうがいいかもしれないと気が付いた。ひょっとすると、女性かもしれない。俺には女難の相があるそうだからな、と独り言ちた。女性と言うと恨まれそうな相手は結構いるからな、と彼はうんざりしたようにため息をついた。
 まず、手近というと妙だが、昨年まで在籍していた会社の女性を当たってみようと書棚から再び職員名簿を取り出した。二、三年分を遡ったが「それらしい名前」にぶつからない。それに最近のことは名簿を見なくても、何か経緯とかもめごとがあった職員は覚えている。そこで彼は方針を変えて古いほうから見ることにした。入社一年目の名簿を開くとさすがに懐かしい名前が並んでいる。最初は女性の名前にはあまり注意しなかったが、今回は女子職員も見て行かなければならないと気が付いた。とにかく入社したばかりの頃は女性職員ばかりに目が行った。
 彼には女難の相がある、と喝破した女占い師がいた。海外出張の際、ニースのがけ下の洞窟のような小屋の中でその魔法使いのようにブクブク太ったジプシー女がタロットカードをめくりながら、貴方には女難の相があると言われたことを思い出した。彼にはそんな自覚も体験の記憶も無いのだが、あるいは無意識に女性に恨まれるようなことがあったのかもしれない。
 望月清美という名前が彼の視線をとらえた。しばらく眺めているうちに彼女からN響のチケットを貰ったことがあったことを思い出した。自分が行けなくなったからと二枚のチケットを渡されたのである。何気なく受け取ったが、結局そのコンサートにはいかなかった。彼は十年以上前のことを思い出して、あれはひょっとして彼女の誘いではなかったのか、と思い当たったのである。それなら僕と一緒に行こうよ、と言ってほしかったのではないか、と気が付いた。その時は碌にお礼も云わずに受け取り結局チケットを使わなかった。そんなことで恨まれることがあるのだろうか。まさか、と彼は昨年の最新の名簿を調べたが彼女の名前は無かった。と言うことはめでたく結婚して退社したのだろう。あるいは社内結婚して名前が変わったのか分からない。古い名簿を見ているうちにすっかり忘れていたそんなことまで思い出したが、ほかにはなにも気になる名前は無かった。これは会社関係は調べても無駄だと、今度は家族のことを考えた。しかし、マンションに周囲を囲まれた木造住宅に住んでいる者はいない。友人はと対象を広げてみたが思い当たらない。これはどうしようもないな、と思ったが不図大学時代の友人で、現在興信所に勤めているか私立探偵みたいなことをしている者がいたことを思い出した。