裕子の立ち去った部屋はシーンと静まり返った。
彼は電話機を引き寄せると叔母に電話した。彼女の協力でルーツ探しの母方の分は詳しすぎるほど調査が終わっていた。母の実家はいわゆる旧氏族の家系だったので郷土史家に頼んで調べてもらい相当詳しく分かったのである。
電話に出た叔母に協力のお礼を言うと叔母は「それでお父さんのほうは分かったの」と聞き返してきた。
「いいえ、それがまるっきり手掛かりがないんですよ。山間の農家らしいが、全く分からない。親類とも父は行き来が無かったようだし、父が子供たちに郷里のことを話すことも全くなかったですからね」
「ふーん、何でも地方では大変な名家だったって聞いていたわよ」
「いわゆる仲人口というやつでしょう」
「そうかしら」
「父は再婚で相当の年齢だったし、随分成功して出世していましたからね。そういっても通用したんでしょう」
「それでは仲人口に騙されたわけ」
「そこまで言うのもどうかと思うけど、ま、よくある話じゃないですか」
「そうかしら、ところでこれからどうするの。調査中止?」
「そうですねえ、一度訪ねてみようとも思ったんですけどね。父がまったく交際を絶っていたのには訳があるんでしょうから、いきなり僕が現れたら田舎の人がどう反応するか、いまいち判断がつかない」
「そうだわねぇ、慎重にしたほうがいいわ。それにさ」と彼女はふと思いついたように言った。
「あんまり昔のことをほじくりだすのもよくないというわね」
「どういうことですか」
「そういうことを言わない?。なんか変なことが起こるとか。昔の霊が呼び起されるとか」
そういえば、大病以来妙なことが増えたようだ。急に橋が渡れなくなったとか、妙な夢をよく見るようになったとか。
「ま、無理をしないことね」と最後に彼女は言った。
電話を切ると、彼はどうしたものかと改めて思案した。父の実家と言うか田舎の親戚を探して訪ねまわるということは慎重にしたほうがよさそうだ。しかし、一度はどういうところなのか見てみたい。鉄道かバスで、と考えたのである。