各地の戦争遺跡を紹介 「大阪春秋」の夏号発刊
2016年7月18日大阪日々新聞
大阪の歴史と文化産業を発信する季刊誌「大阪春秋」夏号(通巻163号)=写真=が大阪市の新風書房から発刊された。今号は「軍都おおさか-71年目の戦争遺跡-」を特集。かつて大阪城一帯に広がっていた一大軍需工場「大阪砲兵工廠(こうしょう)」をはじめ、大阪の各地に現存する“遺跡”について考察、紹介している。
「軍都おおさかの成り立ち」では大阪市史編纂(へんさん)所所長の堀田暁生氏が、大阪城周辺に陸軍関係施設が集まり、軍の一大拠点となる経緯や地域社会との関わりについて解説。このほか「軍都おおさかの考古学」(江浦洋氏)▽「姿を現した禁野火薬庫」(駒井正明氏)▽「工兵隊を誘致した高槻」(千田康治氏)▽「大都市おおさかの防空体制」(大西進氏)▽「陸軍佐野飛行場」(横山篤夫氏)-など。 付録は「大阪防衛部隊配備要図」「防空監視隊配備図」(ともに1928年)の複製。定価本体千円。問い合わせは電話06(6768)4600。』
戦後71年大阪の軍都としての役割を歴史的事実に基づいて学び直し、平和の意義を考え直すべきです。
大阪砲兵工廠(ほうへいこうしょう)と正しく読めないテレビ大阪の女性アナウンサーもいました。
写真の大阪市立博物館(おおさかしりつはくぶつかん)は、大阪府大阪市の大阪城公園内にあった博物館。旧陸軍第四師団司令部庁舎を利用して1960年に開館し、2001年に閉館した。
資料
大阪砲兵工廠 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/大阪砲兵工廠
大阪砲兵工廠
大阪砲兵工廠(おおさかほうへいこうしょう)は、大阪府大阪市にあった大日本帝国陸軍 の兵器工廠(造兵廠)。太平洋戦争の敗戦まで、大口径の火砲を主体とする兵器の製造 を担ったアジア最大規模の軍事工場であった。また、戦前中の日本では重工業分野 ....
概要-歴史-工廠長-現在
2016年7月18日大阪日々新聞
大阪の歴史と文化産業を発信する季刊誌「大阪春秋」夏号(通巻163号)=写真=が大阪市の新風書房から発刊された。今号は「軍都おおさか-71年目の戦争遺跡-」を特集。かつて大阪城一帯に広がっていた一大軍需工場「大阪砲兵工廠(こうしょう)」をはじめ、大阪の各地に現存する“遺跡”について考察、紹介している。
「軍都おおさかの成り立ち」では大阪市史編纂(へんさん)所所長の堀田暁生氏が、大阪城周辺に陸軍関係施設が集まり、軍の一大拠点となる経緯や地域社会との関わりについて解説。このほか「軍都おおさかの考古学」(江浦洋氏)▽「姿を現した禁野火薬庫」(駒井正明氏)▽「工兵隊を誘致した高槻」(千田康治氏)▽「大都市おおさかの防空体制」(大西進氏)▽「陸軍佐野飛行場」(横山篤夫氏)-など。 付録は「大阪防衛部隊配備要図」「防空監視隊配備図」(ともに1928年)の複製。定価本体千円。問い合わせは電話06(6768)4600。』
戦後71年大阪の軍都としての役割を歴史的事実に基づいて学び直し、平和の意義を考え直すべきです。
大阪砲兵工廠(ほうへいこうしょう)と正しく読めないテレビ大阪の女性アナウンサーもいました。
写真の大阪市立博物館(おおさかしりつはくぶつかん)は、大阪府大阪市の大阪城公園内にあった博物館。旧陸軍第四師団司令部庁舎を利用して1960年に開館し、2001年に閉館した。
資料
大阪砲兵工廠 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/大阪砲兵工廠
大阪砲兵工廠
大阪砲兵工廠(おおさかほうへいこうしょう)は、大阪府大阪市にあった大日本帝国陸軍 の兵器工廠(造兵廠)。太平洋戦争の敗戦まで、大口径の火砲を主体とする兵器の製造 を担ったアジア最大規模の軍事工場であった。また、戦前中の日本では重工業分野 ....
概要-歴史-工廠長-現在