26Jul
2016
安倍政権を揺るがしかねない朝日新聞社会面の小さな記事
きょう7月26日の朝日新聞が、福井悠介記者の署名入りで見逃せない記事を掲載していた。
すなわち、防衛省によって集められた職員70名は、沖縄県の女性殺害事件を受けて防犯パトロールを行う事と、米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)移設工事反対などへの抗議活動を警戒するための二つの目的のためであると説明されてきたが、実際には、パトロール活動は全く行わず、抗議活動警戒だけを担っていた事がわかったというのだ。
驚くことに、追及されて、防衛省みずからそれを明らかにしたというのだ。
防衛省の担当者の言い逃れが、またお粗末極まりない。
パトロールは地理がわからないと難しいため、地元の沖縄防衛局職員に任せたと言ったらしい。
こんな、その場限りの言い逃れが通用するとでも思っているのか。
国民の命と安全を守る防衛省が、ここまでお粗末で反国民的なのである。
これは防衛大臣の首が吹っ飛ぶほどの大スキャンダルではないのか。
この福井悠介記者の記事は朝日新聞の社会面に小さく掲載されたものだ。
しかし、もしこの記事が政治面や一面トップで大きくスクープ報道されたとすればどうか。
もし、国会開催中に報道されていたらどうか。
安倍政権に大きな打撃を与えたに違いない。
いや、いまでも大打撃を与えるはずだ。
もし野党党首が政局に明け暮れることなく、正面からこの問題を取り上げたら安倍政権は逃げられない。
もし野党党首が国民の怒りを正しく味方につける事が出来れば、国民の安倍政権に対する怒りはさらに高まる。
それこそが野党共闘ではないのか。
もしメディアがいまでもジャーナリズム精神のかけらでも持っているなら、この福井記者のスクープを活かして、政治記者は、さらなる追及記事を書かなければウソだ。
はたしてこの問題は今後大きな問題として発展していくのだろうか。
それとも、小さな社会面の記事として、誰も知らないまま、埋没して終わるのだろうか。
きょうの朝日新聞社会面に掲載されていた小さなスクープ記事は、この国の政治とメディアの本気度を試すことになる(了)
2016
安倍政権を揺るがしかねない朝日新聞社会面の小さな記事
きょう7月26日の朝日新聞が、福井悠介記者の署名入りで見逃せない記事を掲載していた。
すなわち、防衛省によって集められた職員70名は、沖縄県の女性殺害事件を受けて防犯パトロールを行う事と、米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)移設工事反対などへの抗議活動を警戒するための二つの目的のためであると説明されてきたが、実際には、パトロール活動は全く行わず、抗議活動警戒だけを担っていた事がわかったというのだ。
驚くことに、追及されて、防衛省みずからそれを明らかにしたというのだ。
防衛省の担当者の言い逃れが、またお粗末極まりない。
パトロールは地理がわからないと難しいため、地元の沖縄防衛局職員に任せたと言ったらしい。
こんな、その場限りの言い逃れが通用するとでも思っているのか。
国民の命と安全を守る防衛省が、ここまでお粗末で反国民的なのである。
これは防衛大臣の首が吹っ飛ぶほどの大スキャンダルではないのか。
この福井悠介記者の記事は朝日新聞の社会面に小さく掲載されたものだ。
しかし、もしこの記事が政治面や一面トップで大きくスクープ報道されたとすればどうか。
もし、国会開催中に報道されていたらどうか。
安倍政権に大きな打撃を与えたに違いない。
いや、いまでも大打撃を与えるはずだ。
もし野党党首が政局に明け暮れることなく、正面からこの問題を取り上げたら安倍政権は逃げられない。
もし野党党首が国民の怒りを正しく味方につける事が出来れば、国民の安倍政権に対する怒りはさらに高まる。
それこそが野党共闘ではないのか。
もしメディアがいまでもジャーナリズム精神のかけらでも持っているなら、この福井記者のスクープを活かして、政治記者は、さらなる追及記事を書かなければウソだ。
はたしてこの問題は今後大きな問題として発展していくのだろうか。
それとも、小さな社会面の記事として、誰も知らないまま、埋没して終わるのだろうか。
きょうの朝日新聞社会面に掲載されていた小さなスクープ記事は、この国の政治とメディアの本気度を試すことになる(了)