教育カウンセラーの独り言

今起こっている日本の教育の諸問題と受験競争の低年齢化している実態を見据えます。

【特報 追う】果樹の枝 発電の“果実”に サクランボの枝をバイオマスに

2008年07月03日 13時14分41秒 | 受験・学校

『 サクランボ生産量日本一の山形県で、果樹の無駄な枝を電気に変えようという取り組みが動き出した。これまでゴミとなっていた剪定(せんてい)枝をバイオマスエネルギーとして有効活用しようというのだ。CO2排出抑制に貢献するとともに“環境に優しい果樹王国”として山形果樹ブランドのイメージアップを狙う。 山形県では、毎年11~3月、サクランボやラ・フランス畑などで、収穫期に合わせて生育や結実を調整するために、果樹の剪定作業が行われている。県村山総合支庁によると、剪定作業で切り落とされる枝は、県全体で年間3万9400トン、村山地域では約2万6000トンにのぼる。その大半がゴミとして廃棄処分されているのが現状だ。毎年大量に発生する剪定枝は、農家にとっても、処分に困る頭の痛い存在。JAやまがた(山形市)によると、枝を細かく破砕できる「チッパー」でチップ状にして堆肥(たいひ)にする再利用方法もあるが、チッパーは高価なため所有している農家は少数。そのため多くが園内で焼却処分にされてきた。 しかしCO2を排出するという環境への負荷や安全面などから、“野焼き”に対する風当たりは年々強まっている。JAやまがたは「農家は、煙が周囲の迷惑にならないよう、住宅から離れた山間部の園地などに運んで燃やすなど苦労している。剪定枝が有効利用されるなら歓迎したい」とバイオマスエネルギー化に期待する。 廃棄されている剪定枝をエネルギーとして活用する方法を検討するため、村山総合支庁と村山地域の4市1町、JA、環境関係のNPO法人など20団体は「村山地域果樹剪定枝等循環利用協議会」(会長、三浦秀一東北芸術工科大准教授)を設立、6月3日に初会合を開いた。協議会では剪定枝を木質バイオマス発電所に集め燃料とし電気に変える循環システムを作ることを軸に、議論が進められる見通しだ。 薪や堆肥として剪定枝を有効活用しようというのは、全国的な動きだが、発電の燃料にしようというのは珍しい試み。同協議会は「実現すれば、化石燃料の代替燃料として、二酸化炭素排出の抑制にも貢献できる」と意気込んでいる。今後、「農業」と「環境」の2つの部会を設置し、剪定枝の実態調査やその収集方法の検討を行い、11月に最終報告をまとめ、来年度からのシステム稼働を目指す。 山形県内には剪定枝を電気に変えることのできる施設がある。木質バイオマス発電所の「やまがたグリーンパワー」(村山市富並)だ。県内初のバイオマス発電施設として、昨年1月に試験運転を開始した。木質チップを不完全燃焼させてガスを発生させ、そのガスで、エンジンを動かし発電する。同発電所の青木寛彦所長(55)は「剪定枝は自然木なので燃料として問題ない。地元や環境問題に貢献したいという思いもあるし、ビジネスにつながれば一石二鳥。システムが動き出せば優先的に剪定枝を燃料にしていきたい」と語る。 しかし、実現に向けての課題は少なくない。バイオマス資源に共通する問題は、資源が各地に広く薄く存在し、回収費用がかさむことだ。 剪定枝の場合も、回収する地域をできるだけ絞りこむとともに、広く分散している果樹畑から効率的に回収、運送する仕組みが必要だ。また、発電所の燃料になるためには、剪定枝を細かく破砕していなければならず、これにもコストがかかる。 「これまで無料だった処分に、経費がかかるとなれば農家も協力に消極的になりかねない」(JAやまがた販売課)との指摘もある。 県村山総合支庁は「農家に負担をかけたり、自治体の補助金に依存するようなシステムでは実現しても長続きしない」として、剪定枝を提供することによって現金収入になったり、電力の現物支給が得られるなど、農家にもメリットがあるシステム作りを目指している。』 産経新聞

本当に特報、徳ダネです。おいしい山形の特産品のさくらんぼや洋なし、ザフランスの選定作業で切り落とされる枝が発電に再利用される素晴らしいバイオマスエネルギーの開発です。発明ですね。国産の山形のサクランボは、色も綺麗で、程よい甘味で口の中がさわやかになります。剪定枝の焼却も量が多いので手間も掛かり大変ですし、焼却時に二酸化炭素も出ます。山形県が一括していらなくなった剪定枝を県が回収する方法や大量の剪定枝をチップを裁断出来る新しいチッパーの機械を「村山地域果樹剪定枝等協議会」で考えて貰い開発して貰えば良いと思います。皆で智恵を出し合えば、高くない良い装置が出来ると思います。生産者農家の負担にならないように考えて下さい。今回の原油高の問題は、山形県のさくらんほや洋なしを作っている方々にも大きな影響を及ぼすと思います。生産者の皆さんの意見を尊重し、意見を出し合って、経費が掛からず、皆が納得して全員参加出来るようなシステムと受け皿を作って下さい。そうしないと環境に適合したバイオマス発電は、長続きしないと思います。自然に恵まれた日本、地球の環境保護も考え、人間にも植物にも動物にもやさしい自然環境を保護出来る風力発電や太陽熱発電の施設を増やし、水力発電のダムの点検や整備も考えるべきです。水素ガスによる自動車普及や他の動力機関への応用も必要です。日本近辺で戦争が起こらなくても石油の輸入が全面ストップすれば日本の経済は、壊滅的な打撃を受け消滅し、産業は立ち直れ無くなります。日本の石油に依存するエネルギー危機を真剣に考えなければならない時期に来ていると思います。バイオマス発電は、他の県でも利用範囲は広いのではないでしょうか。 りんごを沢山生産している長野県や青森県でも同じように剪定枝の処分に頭を悩ましているのではないでしょうか。全国の果樹園生産者の皆さんが、手をつないでバイオマス発電の輪が日本中に広がらないでしょうか。やまがたグーリンパワーのバイオマス発電所が、全国各地に出来ると良いですね。石油資源の無い日本です。輸入による石油消費量の多い日本より、環境保護の先進国の日本になって欲しいと思います。空気のおいしい、青空の光化学スモッグの出ない大空を取り戻して欲しいと思います。綺麗な空が戻り、皆で幸せの虹を追いかけたいですね。 

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女子部員十数人に「マッサージ」 顧問教師わいせつ行為

2008年07月03日 10時18分15秒 | 受験・学校

『熊本県教委は1日、熊本市内の中学校の男性教師(35)が、顧問を務める運動部の女子生徒十数人に対し、マッサージと称して胸に触ったり服を脱がせたりするわいせつな行為をしたとして、この教師を懲戒免職処分とした。教諭は当初「部活を強くしたいと思っての指導の一環。度胸をつけさせるため服を脱がせた」と、わいせつ目的を否定したが、その後、「申し訳なかった」と話したという。  県教委によると、教諭は5月24日の部活練習中、「マッサージをする」として生徒2人を1人ずつ教室に呼び出し、胸に2回程度触った。生徒の1人が親に相談したのがきっかけで学校が調べたところ、昨年8月ごろから生徒十数人にのべ約20回、胸を触ったり、服を脱がせたりし、「勘違いされてはいけないので、家の人には黙っていてほしい」などと口止めしていた。被害を受けて学校を数日間休んだ生徒もいるという。 男性教諭は06年4月からこの中学校に勤務。5月26日から自宅謹慎中だったという。』 アサヒコム

最近学校の先生のセクハラ事件や猥褻事件ばかりです。 小学5年だった女児に性的暴行をしたとして、茨城県警少年課などは6月23日、強姦(ごうかん)と児童福祉法違反の疑いで、同県行方市立北浦中学校教諭、小島秀和容疑者・38、同県鉾田市札が逮捕されたり、教え子だった中学3年の女子生徒・当時15と卒業式直前にホテルに宿泊し、わいせつな行為をしたとして、警視庁が5月10日に東京都台東区立中学校教諭の鈴木明容疑者・51、足立区東綾瀬2丁目を児童福祉法違反(淫行(いんこう))の疑いで逮捕されたりしています。教員の資質の向上や教員免許の更新より、教育者としてのモラルか無いのです。学校とは何かを社会に問うている事件です。学校では、先生とともに学び、人間を育てはくぐむ学び舎です。先生も生徒を教えることにより、自分も学ぶところなのです。先生の仕事を教育労働者と考える「教育労働論」や戦前から唱えられている「教師聖職論」に別れ、ずつと論争になっていますが。人間を育てはくぐむことが、お金では計算出来ない価値のあるものでは無いでしょうか。家庭教育でも言えることですが。其の人間の人格形成と一生を左右するのが教育だと思います。学校内でセクハラ事件や猥褻行為を行う先生が多いのです。沖縄では、中学校の女性教師が、教え子を好きになり、性的関係を結び問題となりました。家庭訪問で、小学校の先生が、保護者のお母さんに猥褻行為をしたり、一昔前までは考えられないことです。教育者の仮面をかぶった性的欲求のまま行動する自制心の無い人間では困ります。先生と生徒との関係をいつも念頭に置き教育者として節度と教育者としての立場を弁えるべきです。生徒は、先生の性的欲求や満足を与える為に学校に通っているのでは有りません。先生自身が、生徒の目の高さに立ったず、何をしても良いと言うものでは有りません。先生だからと言って、身近に居る生徒を異性と見て、生徒に性的欲求を解消しているとしか考えられません。教育者として思慮分別の有る大人として許されることでは有りません。善悪の判断の出来ない幼児と違います。セクハラをしたり、猥褻行為する時だけ先生の目の高さに立ち生徒に接しているのでは有りませんか。生徒の人権と心を傷つけた教育者として本当に罪なことでは有りませんか。真面目で日々教育現場で頑張っておられる先生方がほとんどだと思いますが。最近不祥事を起こす不心得な先生の事件が、現実に多くなって来ているのです。教育者としての生徒に対する人間愛や子供を育てると言う教育者としての使命を忘れているのでは有りませんか。管理職の校長、教頭先生から性的不祥事を起こす事件ばかり日本です。子供たちに道徳教育と言う前に、教育者としての学校の先生にこそ道徳教育の実践が必要です。教育者としての適格性が問題です。昨日メールで内容を送って熊本県の男性の先生も十数人の生徒を教室に呼び、マッサージと称して胸を触ったり、服を脱がせたり、猥褻な行為を女子生徒するのは問題です。風俗店の性感マッサージを真似て、学校の中で生徒にするのは場所を穿き違えていまし、大きな間違いです。生徒に学校で教育力をつけるということは、偏差値を上げたり、学力を向上させることだけでは有りません。人間としての忍耐力を養い、我慢してしっかり頑張らなくてはいけないときには頑張れる底力をつけることを教えるのも教育では有りませんか。教育指導者の先生自身が、欲望のおもむくまま、生徒の前で行動したらどうなりますか。今まで生徒に教育した来た事は総て嘘になります。それこそ教育の崩壊です。保護者と生徒の信頼を裏切ったら、学校教育は成り立ちませんし学校への信頼関係も失われます。それは人間不信として、生徒の心に長く残ります。今日の日本の教育の荒廃は、学力格差ノ解消よりも人間性を尊重し、命と心を大切にする人間愛の精神とと教育者としてのモラルを持った先生に教育を改革してもらう以外救う道は無いように思えます。

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足利工大付高の男子バレー部、下級生に暴力で3年生2人退学

2008年07月02日 11時41分56秒 | 受験・学校

『 全国大会で優勝経験がある足利工大付属高(栃木県足利市)の男子バレーボール部で、下級生に暴力を振るうなどしたとして、3年生2人が退学していたことが30日、わかった。 同校によると、2人は4月以降、練習、合宿中などに1年生数人を複数回にわたり、殴るなどしていた。さらに、うち1人は6月14日夜、寮の風呂場で1年生1人に熱湯をかけ、顔にやけどを負わせた。 2人は19日に学校側から退学を勧められ、23日付で退学。殴るなどしていた2年生と、ほかに風呂場で1年生の足元に熱湯をかけた3年生の各1人が19日付で自宅謹慎処分となった。 上級生たちは「1年生が(プレーなどを)しっかりできなかったので、面白くなかった」などと話しているという。 同校は、今春の全国高校バレーボール選抜優勝大会(通称・春高バレー)でベスト8に入るなど、同大会に22年連続出場した名門校。 落合健一教頭は「生徒の上下関係に過度な部分があった。今後は健全な形に部を立て直したい」と話した。』 読売新聞

昔は、私は、高校時代体育の先生に体育大学では、1年生は奴隷で、上級生は4年生神様と言われたそうで血の小便が出るまでしごかれたそうです。其の先生、あまり生徒を叩かず良いところは生徒の前で褒めましたね。酒飲みでしたか長距離のマラソン授業の時一番最後を走る生徒について自転車でゆつくり走りましたが。生徒がサボらないように後ろから見るやり方です。生徒は途中でさぼれませんからね。うまい指導方法でしたね。その先生、体育教師は、長いこと出来ない、年を取ると怪我をしやすので、あかんと言われました。近所外科クリニックの先生、昭和22年生まれで大阪の私立大学医学部卒業です。医学部のラクビーの選手時代で主将が眼科で有名な先生になられましたが。下級生は奴隷で、上級生は神様、良くしごかれたと言いました。男子バレーボール部の3年生、昔風に言えば、活を入れる。つまり焼きを入れることをしたのです。今は、いじめですべて片付けていますが、体育会系クラブでは意味が違います。上級生による下級生のしごき事件の一種です。練習、合宿中に1年生数人に殴り、風呂場で熱湯を掛け焼けどをさせたそうですが。自分たちの下級生の頃を思い出してください。ミスや失敗ばかりだったでしょう。バレーポールも失敗やミスの経験を積み重ねてうまくなるのでは有りませんか。下級生に暴力振い焼けどをさせたりしたことはバレーボールの名門高校として不名誉なことになるのでは有りませんか。勝つ為だけにバレーポールの日々練習や対外試合をしているのですか。スポーツでも武道でも勝つことばかり考えていると一度試合に負けたら立ち直れません。美空ひばりさんの柔らの歌にもありますように「勝つと思うな、思えば負けよ。」です。いつも試合に勝てるとは限りません。勝負は時の運です。スポーツを通じて人格形成の道をはからないと何の意味も有りません。最近全てのスポーツで、スポーツマンシップ が忘れられています。スポーツマンシップ Sportsmanship) 、スポーツで関係者らに求められる精神論の一種。競技の上では競争関係にあるもの同士でも、競技を離れた際には友好関係を築くべきとするものなどが良く知られている。スポーツマンシップは、スポーツのルールを遵守してゲーム(競技)を行っていくうえでの根本的な姿勢をいうものである。広義では、スポーツを行う上での品性ないしマナーということができるかもしれない。これらは、スポーツを実際に行う選手に限らず、選手を指導するコーチや監督、またスポーツに応援という形で間接的に関係するファンをも含めて求められる傾向がある。一種の美学としてもみなされる。スポーツマンシップは、スポーツをすること自体を楽しみとし、公正なプレーを尊重し、相手の選手に対する尊敬や賞賛、同じスポーツを競技する仲間としての意識をもって行われる活動であるという姿勢となって表される。また様式化された礼節の発揮も、マナーという面から重視される傾向があり、選手同士が試合の前や後に挨拶を交わすのも、このスポーツマンシップの延長で見られる風習である。『Oxford English Dictionary』によれば、“sportsmanship”の初出は、フィールディングの小説作品『トム・ジョーンズ』(1749年)で、主人公のトムが5本の柵を飛び越える乗馬技術を指して用いられており、これが19世紀末から20世紀初期にかけて倫理的ニュアンスを含むようになった。しばしば、「競技に勝たなくては」という重圧や各々の成績、あるいは新しいテクニックを身につけることは、そのスポーツ本来が持つ「楽しさ」や「健全性」を損なっているともみなされる。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用。

落合健一教頭は「生徒の上下関係に過度な部分があった。今後は健全な形に部を立て直したい」』 と話していますが。バレーボール部は、戦前の軍隊のように上下関係を尊重するところでは有りません。上官が部下に気合を入れると鉄拳制裁や往復ビンタを加えるところでは有りません。戦前の陸軍でも私の亡き父のように初年兵や部下を殴らなかった下士官も居ることを忘れないで下さい。亡き父は、人を殴って良い気持ちはしないと言っていました。私も父から殴られたことは有りません。バレーポールの部活動を通じてスポーツマンシップに基づいて、試合相手も尊敬し、お互いに挨拶を交わし、礼儀を身に付けることでは有りませんか。上から強制されるのではなく自然と身に付いたスポーツマンシップ、将来社会出ても周囲の人達への気持ちのさわやかさや思いやりのある社会人になって、荒んでいる今日の日本を明るくして欲しいと思います。

今回の足利工大付属高(栃木県足利市)の男子バレーボール部で、下級生に暴力を振るうなどしたとして事件で、ホームページを拝見、建学理念を書かせて頂きました。
「本法人は、足利市内寺院17ヶ寺で組織する足利仏教和合会が大正14年(1925年)足利市月見ヶ丘に、足利実践女学校を設立したのにはじまり、戦後の学制改革により足利仏教和合会を母体とする学校法人として地域の要請にこたえて、大学、短期大学を設立、現在は一大学、一短期大学、二高等学校、一幼稚園を擁する学園であります。
 足利仏教和合会は学園創設にあたり、日本仏教の父 聖徳太子が憲法十七条に示した「和を以って貴しと為す」の教えを基本理念としました。 この建学の理念は時代が大きく変動する中でも変わることなく今日に受け継がれています。

      聖徳太子の教えとは

       「和を以って貴しと為す」を建学の理念とする本学内の中央には、「聖徳太子像」が建立されています。
       「聖徳太子」は、仏教を大切にして日本に広められた方です。本学は「仏教の教え」を教育の基本理念としており、「聖徳太子」像はその象徴なのです。

       皆さんは、「和」という言葉にどんな意味を考えますか。「和」とは「調和」のことです。自分自身にとっての「体や気持ち」、家族にとっての「親や兄弟」、家族外では先生、友人、先輩など「自分と他人」との調和です。さらに動物や植物など、「自然環境」との調和を意味しているのです。

       最近、「人と人」との調和をとることが「とても苦手」な、言い換えれば「下手」な若者が増えています。それは「心遣い」や「気遣い」があまり上手ではないからです。今の日本は豊かになりすぎてしまい、「お金さえあれば済む」、「他人の世話になる必要はない」、「自分1人で生きていける」と勘違いしているからです。人の気持ちを考え、人に気を遣って生きることは、とても窮屈でナンセンスと考えているからです。しかし、人間は助け合って生きています。助け合っているからこそ、他人への「心遣い」や「気遣い」が必要なのです。実社会では否応なしにたくさんの人と関わり生きていきます。そこでは「苦手」や「下手」は通用しません。将来のためにも、学生時代から「心遣い」や「気遣い」を練習しておく必要があるのです。 その1つの方法として、学内ではクラブなどに参加すると良いでしょう。学外ではボランティア活動に積極的に参加し、他の人と交わりながら、1つの目的のために一生懸命汗を流すことが近道となるでしょう。そこは、最も学生にふさわしい「心遣い」や「気遣い」の勉強、実践の場なのです。

      教育目標

      「和の精神」を基盤として、人間力をつけます。

      学生に科学技術、社会教育及び仏教精神の教育付加価値をつけます。」

      下級生は、先輩として上級生をもちろん敬うことは大切です。大阪の高校では、上級生が下級生に暴力を振るったと言うことは最近余り運動部の卒業生からも聞きませんが。顧問の先生に殴られた話は聞きましたが。今回のバレーポール部の暴力事件は、足利学園の建学理念であるの聖徳太子の教え「和を以って貴しと為す」を建学の理念に反するのでは有りませんか。 「和」とは「調和」のことです。自分自身にとっての「体や気持ち」、家族にとっての「親や兄弟」、家族外では先生、友人、先輩など「自分と他人」との調和です。』とも上記に書かれていますが学校の教育理念が、学校で実践されていないことになります。生徒を殴ったり、怪我をさせたの聖徳太子も嘆かれます。人の意見を良く聞かれた聖徳太子の十七条憲法の十の「いきどおりを絶ちいかりを捨て。人が従わないことを怒らない。人には皆それぞれの心が有ります。心は各人思いとらわれるところが有ります。彼は我では無く。我は彼では無い。我も必ずしも物事の道理に通じた者では無い。彼も必ずしも愚か者では無い。共に凡夫なばかりです。これが道理で無くて、どんな定めが出来ようか。お互いに道理に通じた者でもあり愚か者でもある。まるで金輪に端が無いように。それで彼が人を怒る事が有っても。顧みて我がしくじりが無いか心配しなさい。我一人が適任と考えても。皆に合わせて同じ様に用いなさい。」を記させて頂きました。仏教はお題目を唱えるだけでは駄目です。最近のお坊さんは、葬式に明け暮れ葬式坊主化しています。お金も儲かるかも知れませんが、仏教本来の理念と本来の心と精神を忘れています。

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      草刈りはヒツジにお任せ 遊休農地に放牧、農業高が実験

      2008年07月01日 11時37分38秒 | 受験・学校

       『ササやヨモギ、セイタカアワダチソウが生え放題の遊休農地で、羊5頭がもりもりと草をはむ。ここは山口県田布施町。地元の田布施農業高校の3年生6人が放牧し、「除草効果」を実証する実験中だ。  農家の高齢化が進み、耕作されなくなった畑があちこちに広がる。農地再生を目指す同校生物生産科は3年前から羊に着目してきた。雑草を食べてくれれば草刈りの手間が省ける。排出物は土に栄養をもたらす。牛より小さくて扱いやすく、ヤギより大食なのも強みだという。 山あいの畑約3アールを電気さくで囲い、寝床の小屋も建てて放した。1週間ほどで草を食べ尽くす見通しで、後にはサツマイモを育てる。成功したら、地元農家への無料貸し出しも考えるという。 』アサヒコム

      除草剤を使います草は枯れても稲や農作物にも影響が残ります。残留農薬の問題が出ますし、育ている農家の人達への人体への吸収や影響、健康も考えなければなりません。羊を使えば、笹や蓬、セイタカアワダチ草も食べてくれて助かりますね。又羊の尿やウンチは畑の有機肥料になります。農家にとりまして昔から田んぼや畑の草むしりは、大変な重労働でした。良く田舎で腰の曲がっているお年寄りを良く見かけますね。農家の高齢化で後継ぎが少なくなっている農業の今日の状況です。田布施農業高校の皆さんの試みは、地球と環境にやさしい「エコ農業」を目指すもので、羊と人間の共生で安全性が高くて、 自然に近いおいしいサツマイモ作りが出来ると思います。日本は、冷凍食品の輸入で、食品の安全性が問題になっています。日本の食料自給率も低く深刻な問題です。農地再生を目指し、作る人の体にも食べる人にも安全な食料生産法を研究し、実践して下さい。今後日本の自然・環境保護も大切問題です。農業生産は、日本の食を支える原点であり、最も重要な産業であると言うことを忘れてはならないと思います。地球環境破壊による天候の影響で、何時日本にも食料危機が訪れるかも分かりません。天災や飢饉に備えるべきです。海外からの食料や農産物が途絶えても、日本だけの農産物の生産で補えるようにすべきです。田布施農業高校の皆さん、明日の日本の農業と農業生産の増産の為に頑張って下さい。国民の皆方の為に安全で、安心して食べる農作物作りを目指して下さい。産業立国であり、農業生産王国の日本の復活を望みます。

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      なりたい大人「周りにいない」=中高生の5割が回答-青少年機構

      2008年07月01日 09時44分36秒 | 受験・学校

      『 なりたい大人が周囲にいないと考えている中高生は約5割に上ることが、独立行政法人国立青少年教育振興機構が公表した2006年度調査で分かった。また、高校2年生の7割は将来仕事に就く条件に「正社員」を挙げ、安定的な雇用への意識の高さがうかがえる。 調査は昨年1、2月に実施。小学校の4年生以上と中学、高校それぞれの2年生合わせて約1万8500人から回答を得た。 この中で、なりたい職業が「ある」と答えた子供は、小5が82%、中2、高2はともに69%。一方、周りに「あの人のようになりたい」と思う大人がいるかとの質問に「いない」と答えた割合は、小5で33%だったが、中2で49%、高2で51%に達した。』時事通信

      なりたい大人が周囲にいないこの調査結果が、今の日本の子供たちの本当の実態を良く現しています。日本の子供たちは、自分の将来に夢も希望も持っていないのです。亡くなった東京ぼん太産の良く言っていました『夢も希望』も無い社会を子供たちが見抜いているのです。大人の社会的責任もあると思います。高校生もテレビニュースや見たり新聞記事を読んで、派遣会社から企業に派遣される派遣社員の実態を良く知っているのです。高校生の視点から日本の格差社会を見抜いていると言えます。良く大人は、子供たちには、分からないと言いますが。子供たちの目で、日本の現在の状況を見ると尊敬できる大人や憧れを持てる大人がいないという現実を見据えているのかも分かりません。子供は、大人社会や大人のことは分かっていないと大人が思うこことは大きな間違いと思います。戦前は、将来「末は、博士か大臣」になりたいと言った子供たちも多かったそうですが。医学博士号を取るのに袖の下、大学院の入試問題も漏洩で、嫌になるのも無理は有りません。昨年来の防衛大臣の不祥事、高級官僚の汚職と接待と不正の汚職だらけで、不祥事ばかりの政官癒着ばかりで、権威も失墜してしまっています。それに日常生活と密着した身近なところで、昨年に続き食料品の産地の偽装ばかりで、偽者が横行しています。金さえ儲かれば何をしても良いと言う考え方です。商品の安全性や品質を無視し、商いの信用や商道徳を無視する利己的経営者ばかりです。悪いことをしても言い逃れをしたり、うまく地位を利用して逃げ惑い、国民の目をごまかしてしまう始末です。今まで子供たちは、「学校の先生なりたい」と子供たちが多かったのですが。大学の総長から小学校の先生まで、セクハラと猥褻事件を起こしている日本の教育界の現状では先生になりたいと言う子供たちもいなくなっているのでは有りませんか。教育採用も福岡県や大分県の縁故やコネによる不正採用事件や学校の管理職、新聞では社会的地位の有る人達とか書かれていますが。高校の校長先生や学校の管理職のセクハラ事件や猥褻事件が多くなって来ています。風俗産業やポルノビデオの影響かも分かりませんが、良い年恰好の先生方も大人の女性よりも、手短な所にいる子供たちを性的遊具や性的遊び相手と考え、手を出してしまっているのです。女性の社会的進出で、教養の有るしっかりした強い女性が増えたからでしょうか。『ロリコン』趣味は、一般社会の大人も学校の先生も皆同じと言うことです。一昔前の昔の学校では考えられないことです。教育者として、先生と生徒との関係で一線を超えてはいけない教育者としての常識です。教育者と生徒の関係を正しく認識し、学校や学校外でも教育者として、「してはならぬことは、してはならぬ」と肝に銘じて教育者としての立場を忘れないようにしないと今後も学校でのセクハラ、猥褻事件は減らないと思います。未来を支える日本の子供たちに、国家の借金と言う負の財産を残さず、希望と夢をもって生きて行ける明るい日本にするのは、政治家や国の為政者の責任です。子供たちが大人に失望しないようにより良い社会を作って下さい。この調査は、日本の今の社会的格差や経済、社会状況を子供たちの目で見て感じた、子供たちの声と思います。

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