Some Like It Hot

お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

燃ゆる女の肖像

2020-12-06 | 映画(ま行)



◾️「燃ゆる女の肖像/Portrait de la jeune fille en feu」(2019年・フランス)

監督=セリーヌ・シアマ
主演=アデル・エネル ノエミ・メルラン ルアナ・バイラミ ヴァレリア・ゴリノ

登場人物はほぼ3人。孤島が舞台なので波の荒い海岸と室内の風景がほぼ繰り返され、衣装もほぼ変わらない。ストーリーを彩る劇伴はなく、全編を通じて流れる音楽は2曲だけ。とにかく静寂の中で台詞と生活音だけが響き続ける前半にちょっとダレそうになる。仕事帰りに観るんじゃなかったかな…と思っていたところで、様子が変わった。

島の人々が集まって焚き火を囲む場面。ハンドクラップと歌声が幾重にも重なり合う印象的な音楽が奏でられ、そこから続く後半一気に物語は熱を帯びてくる。前半の雰囲気から、この映画をナメていた自分に気づく。そこから先は、スクリーンに映る二人の息遣いひとつひとつまで聴き逃せない。映画館の暗闇で息を潜めている自分がいる。最初は予想もしなかった緊張感。エンドクレジットも再び静寂の中で終わる。世間が称賛するのは納得。映画館で集中して観られてよかった。

18世紀のフランス、ブルターニュ地方の島にボートが向かうところから映画は始まる。孤島の屋敷に住む貴族の娘エロイーズは望まない結婚を目前に控えており、彼女の肖像画を描くために画家マリアンヌが招かれたのだった。肖像画はお見合い目的。母親はマリアンヌに画家だと言わずに屋敷に滞在し、絵を仕上げるように依頼する。一旦絵は完成した。しかし、マリアンヌが来た目的を知り、描かれた自分に不満を口にするたエロイーズ。しかし彼女は、あれ程嫌っていた絵のモデルを承諾し、マリアンヌは5日間の期限で再びキャンバスに向かう。

お互いを知ることで、ニコリともしなかったエロイーズの表情が変わっていく。修道院で過ごしてきたエロイーズにとってマリアンヌは、世間の様子を教えてくれた存在でもある。島に持参した神話の物語をメイドのソフィを交えて音読し、「好きな曲なの」とハープシコードでヴィヴァルディを弾く。やがてエロイーズはこれまで抱いたことのない気持ちをマリアンヌに感じるようになる。肖像画が完成することは、二人の別れでもある。エロイーズは結婚をし、マリアンヌは元の日常に戻っていく。オルフェウスの一場面と見事に呼応する、二人の呆気ない別れの場面。どの場面もただただ美しい。

男の目線が一切出てこないのに、望まない妊娠をしているソフィを含めた3人の女性を通じて、当時女性が社会的に強いられてきた立場をきちんと観客に伝える脚本は見事だ。肖像画を依頼するエロイーズの母親を演ずるのは「レインマン」のヴァレリア・ゴリノ。昔馴染みに会ったような懐かしさ。

映画のラスト。マリアンヌはエロイーズを劇場で見かける。その演奏会で奏でられた曲は、映画の初めにマリアンヌが弾いたヴィヴァルディ。「彼女は私を見なかった」とマリアンヌのナレーションが流れるが、カメラはそのままエロイーズへと寄っていき、感情が高まっていく表情を、冷酷なまでの長回しで撮り続ける。エロイーズはその曲で胸中何を思ったのか。物言わぬラストで、思わずもらい泣き。



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