ウォーキングカメラマン

“お歩きさん”をした時に出くわした心に残った風景、光景、人物などを撮る!!

白猿伝説の温泉&白狐のお告げでできた絶景神社

2024-03-30 23:51:50 | 山口県

2024年2月28日(水)

長門市の山間部にある俵山温泉は、千年以上の歴史を持ち、白猿が発見したと伝わる。長門市の西部の海に向かって赤い鳥居が連なる元乃隅神社は、白狐のお告げで建立されたと言われる。

 

俵山温泉。小さな木造旅館が立ち並ぶ昭和レトロな温泉街。ほとんどの旅館に内湯がなく無色透明の源泉かけ流し共同浴場での入浴が主流。肌がツルツルになる美肌の湯として知られる。

三猿は日光が有名だが、ここも猿が発見した温泉ということから三猿を使っている。三猿まんじゅうも土産物として売っている。

元乃隅神社の大鳥居。俵山温泉から車で約30分。上部に二匹の白狐の間に賽銭箱があり、下から賽銭を投げ、入れば願いが叶うと言われる。何度もチャレンジしたがダメだった。

日本海の断崖絶壁に123基の赤い鳥居が連なる。2015年アメリカで日本の美しい場所として紹介されてから人気の観光地となった。なので山口県で暮らした頃は全く無名であり知らなかった。

龍宮の潮吹。元乃隅神社の鳥居の先端がある断崖の横にある。岩穴に波が入り、海水が吹き上がる。海が荒れた時は、30m近く吹き上がるそうな。

鳥居先端付近からの龍宮の潮吹と反対方向の風景。

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大合併前までは県第二の人口を擁した企業城下町を歩く

2024-03-28 22:40:21 | 山口県

2024年2月27日(火)

宇部市は、山口県南西部の瀬戸内海の最も西側にあたる周防灘に面した街。石炭産業から化学工業に転換した宇部興産の企業城下町で、平成の大合併までは県内第2の人口を擁した。

 

妻と二人で懐かしい街の中心部を歩いたが、暮らしていた頃より人が歩いていない。正面の全日空ホテル(現ANAクラウンプラザホテル)は暮らした当時のままで懐かしく感じる。この写真の手前にユニクロ発祥の店の跡地があるが、当時はまだ、ユニクロという名ではなく全く知らなった。

少し歩くと、小野田・下関方面に行く国道190号線沿いに出ると見覚えのある煙突の風景。工業都市であり自然は少ないイメージを持っていたが、地元出身の先輩がよく誘ってくれ休日には、市内の川でシジミ、ウナギ、モクズガニを撮り、干潮時の夜中には、マダコ、ナマコをよく獲りに行った。

30年以上前であるが、幼稚園に飛んでくるということで全国的に有名になった、ときわ公園のモモイロペリカンの「カッタ君」が煙突に描かれている。

市内中心部を流れる真締川にあった像。この川でイカダレースが開催され、出場しよう誘われたことがあったがパス。今も開催されているだろうか・・・

新天町商店街。暮らしてる頃も人が歩いてなかった。県内で下関に次ぎ人口第2位(山口市が平成の合併により現在は抜かれて第3位)だったが昔から商店街がガランとして、活気は変わってない。

定食屋に「地魚宇部れんちょう」がメニューとしてあるが舌ビラメのこと。この商店街から4~500m行けば宇部港で毎朝、船から揚がったばかりの生きた魚を漁師の奥さんが売っていたので、よく朝早く起きて買いに行っていた。

宇部の中心部付近のメインロード。道路がやたら広い。この道路は片側3車線で真ん中に路側帯、そして歩道は両サイドともこの写真のとおり。この道路と交差する道路も同じくらい広い。

上の写真の道路から入った住宅街の川(水路?)。昔、たくさん鯉(錦鯉もいる)がいて息子たちもよく餌をやっていたが、今もまだいるかと確かめに訪れた。写真には写ってないが、今もたくさん鯉がいる。

JR琴芝駅。宇部線の駅で無人駅。中心部にはもうひとつ宇部新川駅がある。

 

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明治維新の舞台となった工業地帯がある城下町を歩く

2021-05-30 01:51:09 | 山口県

2021年4月29日(木)

下関市長府地区は、毛利秀元(元就の孫)が初代長府藩主となった城下町。幕末には高杉晋作が倒幕のため挙兵した寺など歴史的な史跡が残るが、海沿いは工業地帯となっている。

 

正面のT字路から左右に長府製作所、ブリジストン、神戸製鋼など大きな工場が連なる。

国道2号線から入ったところにある長府商店街。下関で暮らした頃、よく買物に訪れた市場や店がどうなっているか隅々を歩いた。

長府商店街にある乃木さん通り。乃木希典は長府藩士の息子。生れは東京だが、幼少期を長府で過ごした。近くに彼を祀った乃木神社がある。

長府商店街にある忌宮神社。時の天皇皇后が九州の豪族を平定する際に7年間滞在した古社を建てた由緒ある神社。

商店街にある市場。

商店街から山側に入ると城下町らしい落ち着いた街並みとなる。

武家屋敷の周辺は整備されて土塀が城下町という感じを醸し出している。

 

功山寺。高杉晋作の呼びかけに応じた80人がこの寺に集まり挙兵。下関の奉行所を襲撃後、三田尻で軍艦を奪い、勢力を拡大し、藩の政権を奪い返し、倒幕への足掛かりとなった。

功山寺境内にある高杉晋作像。昔もここに、たまに散歩で訪れた。

 

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海の中の寺がある県最北かつ県境の漁村を歩く

2020-11-16 22:35:42 | 山口県

2020年9月23日(水)

 

萩市江崎地区(旧山口県田万川町)は、県最北端であり島根県と接する漁村。室町時代創建の祈願所として信仰された海の中の寺と呼ばれる“西堂寺六角堂”がシンボルとなっている。

 

江崎漁港がある入り江に架かるその名も“江崎大漁橋“。

橋の下にこの街のシンボル“西堂寺六角堂”が見える。

西堂寺の門。寺は浮島になっていて海にかかる小さな石橋を渡って境内に入る。石州瓦が石見の文化圏だと感じさせられる。

本堂も石州瓦だが、六角堂は黒瓦。

青空に江崎大漁橋をバックにした観音様がいい感じ。

江崎の街並み。やはり石州瓦を使った家屋がちらほらある。

 

 

 

江崎大漁橋から江崎の街を眺望。

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横縞の断崖絶壁

2020-11-16 00:13:52 | 山口県

2020年9月22日(火)

萩市須佐地区(旧山口県須佐町)にあるホルンフェルスは、萩中心部の北東へ約40kmに位置する日本海に突き出た断崖絶壁。壁面が灰色と黒色の帯状の層が相互に横縞模様を作っている。

 

ホルンフェルス入口。日本海に夕陽が沈む頃に訪れた。写真右の真ん中あたりにホルンフェルス壁面が見える。

ホルンフェルスはドイツ語で角石という意であり、岩は角ばっている。

ホルンフェルスに行く途中から来た道(遊歩道)を入口の方へ振り返ると、断崖絶壁の上に家がある。

ホルンフェルスの崖の上からの眺望。崖は12~15m。

柵がないので真下を見ることができるが、怖い。

崖の下へ降りる道。

下まで降りた。

夕陽のあたり方によって上の写真と岩の色が違う。

 

 

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