2015年4月30日(木)~5月1日(金)
ワルシャワは、第二次世界大戦の時、武装蜂起したことでナチスドイツから報復攻撃を受け、街は徹底的に破壊された。戦後、市民たちは忠実に街を復元し、1980年には世界遺産に登録された。また、ワルシャワは、ショパン、キュリー夫人が生まれた地としても知られる。
ワルシャワ駅前。右のビルはスターリンから贈与された文化科学宮殿であり、高層ビルが林立するワルシャワ駅前でも威圧的で、圧倒的な存在感があった。
ワルシャワ駅前。
大阪ではないが、新世界通り。紅白の旗が多いと思ったら、ポーランドの国旗のデザインが紅白である。ちょうどメーデーの日(国民の休日)で、労働者がシュプレヒコールをしてデモをしていた。さすが連帯が発足した国である。
広場には地動説を唱えたコペルニクス像(ポーランド出身)、道路を挟んでショパンの心臓が収められた聖十字架教会。ショパンはパリで亡くなったが、ワルシャワへの望郷の思いが強く「せめて心臓だけでも」という遺言によりこの教会に心臓が収められている。
ソフトクリーム屋。ポーランドのソフトクリームは細長くてとんがっていた。粘性が強いのでとんがっていてもダラダラしない。
ワルシャワ歴史地区。武装蜂起の報復攻撃によってナチスドイツに破壊されが、復元したことが認められ世界遺産に認定された。
歴史地区にある人魚。ちなみにワルシャワ市の紋章は人魚。なぜ内陸のワルシャワが人魚なのか?コペンハーゲンの人魚は女性的だが、こちらのは勇ましい。
歴史地区の広場には土産屋やオ-プンカフェやレストランが集中している。
この場所から少し行ったところにキュリー夫人の生家と銅像もあったが、急に天候が悪化して1時間程度雨宿りした。