おかんのネタ帳

日々の雑感や興味のあることを書いています

ベンガラの話

2005-11-13 23:59:04 | 湖国日記
原稿追い込み~と言いながら、夜、あんまり仕事が出来ないこの頃です。何でって、見にくいんですよ。目が疲れやすいんですね。パソコンの文字も、黒地に白の文字のブログとか、すっごい読みにくかったりしますよね。雑誌なんて、夜はさっぱり見られません。しゃあない、今年買った「メガネ」を出してきてかけてます。寄る年波・・・いつも書き込みに行くBBSで、お友だちが「縁を大事にしましょう」って、書いてくれたのに、「緑を大事にって、どういうこと?」なんて書いてしまいました。はは・・「エン」を「ミドリ」って読んでるねん。失礼よね~ 老眼なんだか酔っぱらってるんだか(笑)
某建築関係の会社の仕事をしてるんやけど、チラシやDM、季刊紙の他に、HPに載せる記事等を書いてます。HPでは、リフォーム工事の進行を「リフォーム日記」として書いてるのですが、時々、その現場に出かけて行きます。
昨日は、築60年ほど経つお宅の玄関からキッチンのリフォーム現場へ行って来ました。土間の台所を、フローリングのキッチンに仕上げますが、床を上げると天井が低くなるので、梁を見せて吹き抜けにしてました。60年の年月を思わせるような、重厚な梁が見えています。この辺り独特の、ベンガラ塗りです。
ベンガラ塗りって、滋賀は多いですね。三二酸化鉄やけど、ベンガラ(弁柄、紅殻)と書きます。人類最古の顔料で、日本でも古墳時代の石室の壁面などにも見られるように、天然採取のものが縄文後期から使われたようです。語源はインドの「ベンガル」地方とか。
酸化鉄を建築用顔料として使う文化は世界各地にあって、ガラスの研磨や船の防錆などに使われたようです。
日本の民家に使われ出したのは17世紀初頭。大陸から輸入されたベンガラを、墨、ニカワ、油などと調合して白木に塗ると防腐、防虫、防火効果が大きいとされ、京都・祇園の郭、西陣などの商家や滋賀県下のほか、ベンガラを家屋に塗る習慣は日本各地に広まったようです。
1707 年に、銅山で栄えた岡山県成羽町吹屋で初めて国産製造され、建築の塗料のほか、陶磁器の釉薬、織物の染料などに使われました。
吹屋には、ベンガラの生産地としての名残が今も残り、町並みは 1977 年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。
資料館などもあって、強固な石垣の上に城郭のような構えをして建つ「広兼邸」は映画「八つ墓村」のロケ地として有名で、最近は観光客も多く訪れるらしいです。
民家のベンガラ塗りは刷毛塗りではなく、主に手伝いさんや大工さん、または専門の職人さんが建て前(上棟)以前に、木材にとの粉を塗る様に擦り込みによって塗布していたようで、滋賀県内ではまだまだ残っているものの、時代とともになくなりつつある風習です。遠い昔、近所の家が棟上げする時、そんな光景を見ましたね。

ベンガラ塗りの民家は、かつての生産地の岡山や社寺の多い京都、滋賀だけでなく、石川県や福井県などに残っているようですが、滋賀県では、このベンガラを食品に使ったものがありますよね。 そう、近江八幡市とその周辺で食べられてきた「赤こんにゃく」です。 地元の奇祭「左義長祭り」からとも、織田信長の派手好みからきたと伝えられますが、赤こんにゃくのあの「赤」は、やはりベンガラと同じ「三二酸化鉄」を入れるんですよ。
滋賀県ってすごい、かもね。