病気療養記録
2020年4月6日(月)
在職中の病気療養記録が出てきました。コロナで、何時死んでもよいように身辺整理をしているのであります。(少々大袈裟)
①2005年7月20日から8月31日まで病気休暇を取っています。
上司のパワハラが原因で、適応障害、自立神経失調症ということでした。
なお、職場のメンタル相談に「セクハラ」というのはあったのですが、私は「パワハラ」も加えるべきと提案し、その後実現しました。その当時は今ほど「パワハラ」が認知されていませんでした。
この時職場の同僚の心遣いには、心を打たれました。私が病気休暇を取ることを知って、上司のパワハラが原因ではないかと見抜いたのです。「常習犯」だった人なんですね。それはともかく、理解してくれる人がいたというのは、大いに勇気付けられました。
②2006年6月23日から7月20日まで病気休暇を取りました。
私は課長職でしたが係長兼務で、職員の総勢は56人!異常でした。
私は、悩んだ挙句、職務遂行能力がありません、と退職届を出しました。上司が心配してくれて、医療機関の受診を勧めてくれ、精神科で受診すると、「今のあなたに必要なのは休養です」と言われ、病気休暇になったものです。昨年と同じく適用障害でした。
気分転換に旅行へ行きたいとDr.に言ったところ、病気療養にも良いということで、6月27日から7月11日まで旅行しました。仙台まで車で行き、そこから苫小牧までフェリーで行きました。北海道をほぼ一周しました。
翌年からこの職場には、係長が配属されました。ある意味私が犠牲になったと思います。
トヨタのMR-Sです。同型車で行きました。
自動車雑誌にレポートを投稿しました。
③2007年9月5日から20日まで病気休暇を取りました。
この職場にいた職員は異常でした。私の部下に当たる職員だったのですが、何かにつけ攻撃的で、最近言われている逆パワハラって奴です。Dr.に状況説明したところ、この方は発達障害だろうと言うことでした。
私を侮辱する文書を職場に置いてあり、弁護士にも相談したのですが、慰謝料として10万円から20万円は取れる事例ということでした。
他にもいろいろと攻撃的なことがあり、私はたまらず年度中途でしたが、当該職員の異動を申し立てました。異動に権限のある職位職員は、その異常さを信じられないと言っていましたが、異動を認めてくれました。年度中途の異動は異例なことでしたが、それ以上にこの方が異常だったという証拠です。
この時も適応障害でしたが、PTSDが残りました。思い出すと平静でいられませんでした。
定年退職までの最後の3年間は、今考えても神経をすり減らし疲れていました。朝ご飯を一口程度しか食べることができないこともありました。こりゃ、今考えると職難ともいえる事態だったであります。10数年経ち、今は笑って思い出す余裕がやっとできました。(ハハハッ)