水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

キネマの神様

2010年09月06日 | おすすめの本・CD
 アンサンブル、基礎合奏を終え、居残り部員さんを駅までお送りして一息ついたとき、某先生から電話があり、そのいきおいで「ハナミズキ、観ましたか」という話になった。
 「いやあ、前半やばいですよね」
 「そうそう、制服でかけてくるガッキィ観ただけで泣けて来ましたよ」
 誰かに聞かれてたなら、なんなのこのオヤジたちは、と思われること必至の会話である。
 でも、こんな会話ができる相手がいるのはありがたい。
 原田マハ『キネマの神様』は、映画への愛に満ちあふれた小説だ。
 40歳を目前にして突然会社を辞めることになった娘と、70歳をこえてなおギャンブルと映画にのめりこみ続け多額の借金をこしらえてしまった父親。
 お互いに対する気持ちの表現だけは不器用で、でもなんとかしたいと思っている二人が、ある出来事をきっかけに、お互いの気持ちを思いやり、新しい人生をみつけていく物語だ。
 (「ある出来事」と書いたのは、別にそれを伏せておきたいのではなく、うまく要約できないだけなのです)
 このお父さんが娘の指令でブログを書かせられることになり、そこでせっせと映画評論を書いていくのだが、その一つ一つがすばらしいのだ。
 なるほど、そんな見方ができるのかという発見や、漠然としてた気持ちを形に変えてくれたりして、雑誌やネットで見かける現実世界の映画評論家で、このレベルに達している方はそうはいない。
 原田マハさん、そういう意味でもすごい書き手だ。
 作者自身に相当のストックがないと、この小説は書けないだろう。
 ただし、映画はあくまでも素材なのだろう。
 主人公の二人もそうだし、ほかの登場人物たちも、母と息子であったり、上司と部下であったり、夫婦であったり、人と人とがいろんな出来事を通しながらお互いの気持ちに気づき、それに素直に応えられる自分になれた時、新しい人生に向き合えるという過程を描いている。
 『悪の教典』とは真逆の作品で、悪い人は誰もでてこないし、スリルとサスペンスもないのだけど、でも読み出すとやめられなくて、ちょっとした一つのエピソードでも胸があつくなれる傑作だった。
コメント
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