一泊だけでも泊まると練習時間はさすがに増える。
年間何十泊ものの合宿をこなす学校さんの練習量が多いのは当然だ。
コンクール前の合宿でもわかったけど、複数泊にすると後半みるみるパフォーマンスがおちてくる。
落ち方の度合いがここ数年大きくなっているのは本校だけなのだろうか。
練習するための体力づくりをどうすればいいかをこれから考えていく必要がある。
根本的に練習の絶対量で負けてるところからの逆転は難しいのだ。
今日は音楽以外のところでけっこう叱ってしまった。
一泊とはいえ、合宿を終えた自分に「神様のカルテ」を観て帰るくらいのご褒美は与えてもばちはあたらないのではないだろうか。
信州松本を舞台にした作品だが、妻の実家があるため少し土地勘がある。
「あっ、ここ歩いたことある」的なシーンも期待してでかけた。
嵐の櫻井くん演じる内科医の栗原一止は、365日24時間の救急対応をする市内の総合病院の勤務医だ。
日本全国どこも地方都市は同じ状況だろうが、医師不足の状況は慢性的で、櫻井くんは毎日表情を失うほど働き続けている。時折僕は何のために医者になったんだという思いが頭をもたげる。
ある時、同じ市内にある信大病院の研修をうけ、そこの教授からうちの医局に来いと声をかけられる。
わざわざ声をかけた信大に教授について医療研究の道のすすめば、医師としてのステイタスはあがる。
同僚は、せっかくのチャンスをものにしろと言う。
同じころ、末期ガン患者の加賀まりこが、櫻井くんに診てほしいと入院してくる。
この患者との過ごした日々が、櫻井くんに自分の仕事を考えさせることにもなった。
加賀まりこの誕生日、この世で最後になるその誕生日に、櫻井くんは一緒に屋上に出てふるさとの山を見せることを約束していた。
がその日は、信大で大事な研修がある日でもあった。
悩んだすえ、結果として、櫻井くんは加賀まりこをとる。
研究に携わるよりも、目の前の患者にむきあっていく、市内病院の医師の道を選ぶことにしたのだ。
小学校の道徳教材に「手品師」という作品がある。
こんなお話。
あるところに、腕はいいが、あまり売れない手品師がいました。
その日のパンを買うのもやっとでしたが、大劇場のステージに立てる日を夢見て、腕を磨いていました。
ある日、手品師は小さな男の子がしょんぼりと道にしゃがみこんでいるのに出会います。
男の子はお父さんが死んだ後、お母さんが働きに出たまま、ずっと帰ってこないというのです。
手品師が手品を見せると、男の子はすっかり元気になりました。
手品師は明日もまた手品を見せてあげることを約束して別れました。
少年と出会った日の夜、友人から電話がありました。
大劇場に出演のチャンスがある、そのために今晩すぐに出発してほしいというのです。
手品師は、大劇場のステージに立つ自分の姿と男の子とした約束を代わる代わるに思い浮かべ、迷いました。
そして手品師は、明日は大切な約束があるからと友人の誘いをきっぱりと断りました。
翌日、手品師はたった一人のお客様である男の子の前で、次々と素晴らしい手品を演じてみせました。
この教材は、約束を守ることの大切さ、人に対する誠実さを教えることになっている。
櫻井くんの悩むシーンで、この教材を思い出した。
自分が小学校のときに何かを教わった記憶はない。
ひょっとしたら読んでないかもしれない。
でも、こうして思い浮かぶのは、この教材による道徳授業を批判する文章を読んだときの記憶が残っているからだ。
わが師、宇佐美寛先生は、この手品師は非常識だと言われた。
こどもを探し出していっしょに大劇場につれていくとか、急用ができたと張り紙をするとか、なんらかの手段をまず講ずるべきではないかと述べられる。
そんなかんたんにあきらめられる程度の夢だったのか、と。
ちがったかな、そんなことは言ってないかもしれない。
とにかく、道徳教材のうさんくささをずっと感じていた自分に、宇佐美先生のご本は衝撃的だったのだ。
山見せてから、信大行けばいんじゃね?
相沢病院から信大までなんて、走ったっていける距離なのに。
もしくは看護師さんに頼んで、その日はごめんねって言うとか。
いや、大学病院の医局に入る道を選ばないという選択肢は、ぜんぜんありだと思うのだ。
ただし、その選択をする時に、今目の前にいる患者を大事にしたいからなんて言って、加賀まりこをだしにつかうのは、卑怯じゃないだろうか。
一人でも多くの患者を救いたいという気持ちで医者になったはずだ。
その方法は、町医者になったり、大学病院に勤めたり、選択肢はいろいろあっていい。
ただし、新しい治療法の研究開発に携わることの方が、巨視的にみれば多くの人を救う結果になる可能性はずいぶんある。
みんながみんな研究しててもしょうがないんだけど、「おまえは選ばれた人間だ。チャンスをいかすべきだ」と櫻井くんいつめよる同僚の医師の気持ちも筋はとおっている。
なのに、なんか櫻井くんだけが、人間味のある、患者のことを考えてる医師みたいな設定に思えてしまい、もやもやが残る映画だった。
手品師の話にもどるけど、彼は自分の「夢」がかわいくないのだ。
宇佐美先生はたしか「志」というお言葉を使われていた。
まがりなりにも手品を人に見せて生きていこうとするなら、少しでも多くの人に前で演じたいと考えるべきだ。
低い次元で自己満足をして、さもそれが人情味にあふれる行いみたくしてしまうのは、けっして自分の仕事に「誠実」とは思えない。
ちょっと飛躍するけど、学校の先生も、この自己満足的見せかけの「誠実」に陥りやすいと自戒しないといけない仕事だろう。