水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

漢文の勉強会

2011年12月11日 | 国語のお勉強(漢文)

 駿台教員研修で漢文のお勉強。部活のない日は決まってお勉強にでかける私のなんと謙虚なことか。
 論説文の構造を中心にお話を聞いた。
 教科書教材を中心に勉強していくと、逸話、史話、漢詩といった漢文の比率が大きくなる。
 しかし入試では評論の出題頻度が極めて高いので、それを想定しながら学習計画を立てた方がいいのではないかとのお話に深く頷く。
 今の流れだと、現3年生が卒業した後にふたたび新1年生を担当させてもらえる可能性は高いから、早いうちに3年分のカリキュラムをつくってしまおうと思った。

 評論・論説を読解するには、対句、対偶構造といった対比的表現に気をつけるべきだとのお話は、自分も常に話していることでもあるし、現代文の評論と同じだと聞き、よかった自分も間違ってなかったと思う。
 では漢詩・漢文に対比表現が多様されるのはなぜか。
 それは、二つで一組になっているもの、対の存在への美的感覚、それをおめでたいとする感覚が、われわれ日本人が想像する以上に強いからだろうという。
 なんでも、北京で最初にケンタッキーができたとき、カーネルおじさんが左右両側に置かれたという話にはさもありなんと笑った。 
 「カーおじさん」と「ネルおじさん」のセットさえ作りかねないなあと思って。
 うん、このネタはすぐにどこかで使わせてもらおう。
 対比を見落とさないために、「反対の意味の漢字で構成される熟語に注意!」は大事だ。
 たとえば「進退」とでてきたらそこでストップ。
 「進」とはなんとかである、それに対して「退」とはこういうことである、とその先の論が進んでいくかもしれないと予想しながら読み進める必要がある。
 いかにも対句ですよ的な部分だけでなく、こういう二字の熟語とか、ちょっとした表現にも対を意識しないといけない。われわれが想像する以上に対を大事にして思考する民族だから。

 ちなみに同じ意味を重ねる熟語はなぜあるのか。
 これは漢字(語)の意味を確定させるためだ。
 あんなにたくさん漢字はあるけど、複数の意味をもつものも多い。
 たとえば「平」と一文字書いただけでは、「おだやか」なのか「かたよらない」のかわからない時もあるので、「平安」とか「平均」といった二字で表す。

 研修会後にジュンク堂付近をふらつくと、大勝軒(南池袋店)の前に「冬期限定味噌ラーメン(850円)」の札。
 えっ? 大勝軒が味噌ラーメンだなんて。昼を食べてなかったのでこれ幸いといただいた。
 もやしたっぷりのビジュアルもよかったし、スープは絶品だ。できれば麺も味噌用に少しちぢれてるのに換えてもらえたらなおいいけど、満足できた。

コメント
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