紀子妃殿下の父上である川嶋辰彦さんが4日、死去
享年81歳
数年前から体調不良でいらした事は知っていました。
しかし、こんなに早く亡くなられるとは・・・・よい方程早く亡くなるのだと思います。
川嶋教授は、婚約内定の報道の時に紀子様の真横にいらしてゆったり微笑んでいらした事が印象的です。
あのおひげとか、話し方など庶民の私達とは一線を画すなあと思ったものです。
生前、紀子様が宮家に嫁がれてから誹謗中傷が相次ぎ、辛い思いをされたと思います。それを抗議する事無く、無言を貫かれた。
妃殿下の父上なのに、平成の即位式の時に自家用車で登場した時もあれこれ言われましたよね。
それこそ「誤った情報がさも事実のように語られ物語になった」思いをした川嶋家。それでも生き方を変えることなく悠々と生きていかれた。
漢詩がお得意でしたよね。
私はそういう方面は疎くて・・・でも悠仁殿下が生まれた時の漢詩などは、素晴らしいと思いましたし、教養深い上つ方だったと思います。
眞子様の結婚の件でも内心は本当にご心配だったと思います。
紀子様と握手をして「ありがとう存じました」と言われて別れた時、こんな未来が待っているとは知らず、それもこれも運命と達観されていたのでしょうか。
せめて、努力や誠実さが報われる世の中であったら・・と思わずにはいられません。
3日も一人でお見舞いに訪れた眞子さんの表情は、非常に暗く絶望の淵にいるような印象を受けました。おじい様とどんなお話をされたのでしょうか。
哀しみに沈む紀子妃殿下の体調が心配でなりません。
どうぞ、天から御見守り下さい。
心からご冥福をお祈りいたします。
眞子さまのご結婚は最大の不幸、そしてこれでもかとかぶさるご不幸に痛ましく痛ましく切ないです。
眞子さんの表情が非常に暗いのが気になって仕方がないのですが、眞子さんと川嶋祖父、どんなコミュニケーションがあったんだろうと。逸話があったら知りたいです。余り世間一般には知られていないですよね。
テレビに放映されるのは紀子様入内時の画像ばかりですが、後年は白いおひげを長く伸ばされ、「仙人」の風貌でした。独特な人間観の方だったような気がします。
ご冥福をお祈り申し上げます。
いずれは天皇の曾祖父になる方であるのに、教授としての功績や教養深い人柄にほとんど触れず、「3LDKの共同住宅」からプリンセスを送り出した事だけ強調する新聞記事を読みガッカリしました。
当時でも十分、持ち家に住む事が出来たのに利便性等様々な理由で住んでおられた聞いてました。
この記事の裏に、だから孫娘が小室氏と縁組みしても不思議ではないという悪意を感じました。考え過ぎかもしれませんが、テレビ報道も扱わない所もあるようで、秋篠宮家アンタッチャブルを感じます。
ほぼ天寿を全うしたと言ってもよいご年齢ですが、長寿化社会の現代、ここ数年の小室氏問題が大切なお祖父様の寿命を縮めたと、眞子さんが苦しまなければよいのですが。
いわれのない中傷の嵐や周囲の無理解のなかでも、凛とした佇まいを保つことができたことには外野と隔絶された自分自身の世界の存在が寄与するところが大きい。
まさにお父さまの生き方が血となり肉となって、紀子妃殿下の御生涯をお支えしてきたのだと考えるとき、妃殿下の今のご心中は察するに余りある。
人生には谷底のような時期がある。
せめて紀子妃殿下が思いのたけを打ち明けられる方がお傍にいらしてくださるように願うばかりだ。
一人娘を皇室に嫁がせてからの、この方の学者らしい理性的な佇まいを私たちはせめて心にとどめおきたい。
ご冥福をお祈りいたします。
小室圭母子と川嶋家の縁戚としての、天と地との品格の違いに愕然とします。
他人にタカり、他人のせいにする生き方は、賎しい。小室圭母子はそういう生き方しかしてこなかった。
紀子さまの心身の痛みは、極限だと思います。服喪の期間に心身を癒し、充分に休まれてください。心ある国民は紀子さまを応援して味方です。
眞子さまのメンタルも心配です。小室圭と渡米せず、日本で療養なさったらどうでしょうか。
以下、抜粋です。
川嶋辰彦さん大空への旅立ち: この飛行機雲を登って、学習院大学名誉教授の川嶋先生は大空へと向かわれました。 ずっと以前、奥様とお二人で2泊して頂きました。 常識を超えた上品さがお電話でのご予約の時から感じられたのを覚えています。 紀子様のご両親でいらっしゃいますね?という私の問いかけに、少し戸惑われたものの、その後は心に残る素敵なお話をいろいろとして下さいました。お帰りになってからも手書きの『宿だより』をお送りし、お返事や様々な文献を送って下さったこともあります。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
こういう時期に川嶋名誉教授の命が奪われるとは、どういう天の計いなのでしょうか?
死者をむち打つ言葉はいけないのですが、まるでここに禍の源があったのだ!と言わんばかりの神様のお怒りのようにも思えました。尽きせぬ悲しみの源が、象牙の塔の中で、きれいごとで生きてこられた方のお心にあったかも知れず。。。
あと10日早くお迎えが来てくれたら!、、、と思う人は多いでしょうね。あと10日早ければ、眞子さんを最期の最期で留めてくれるための人柱だった、、、と私も思えたかもしれません。しかし、命が尽きたのは11月4日。婚姻後、程なく不合格が判明し、眞子さんの前途に黒雲が差し掛かったそのタイミングでしたね。世間には、強行された婚姻がさらに呪われたものだという印象を与えてしまいました。
急に蝋燭の炎が消え、真っ暗闇の中に紛れ込んだような不安が、今、眞子さんの心を押し潰しているのでしょう。その名の如く自分の心に従って、強い心で結婚したのに、朗報が一つもない。無いどころか悪くなるばかり。。。
民間に降嫁した眞子さんにとって、お心の広い、誰に対しても公平でいらしたお祖父さまは心の灯だったことでしょう。しかし、灯火は消えてしまった。私のせい?眞子さんは自分を責めているかもしれません。
紀子様もお辛いですね。お辛いことが続いていらっしゃるのに、思い切り泣くことも出来ない。貴人は常に感情を律しなければなりませんから。日本一お心がお強い紀子さまのお心の糸が切れることがありませんように。。。と、お祈りするしかありません。
川嶋教授のご冥福を心よりお祈りいたします。
立派な紳士でいらっしゃいました。今の時代では、そこまでご高齢という感じではなく残念です。
>テレビ報道も扱わない所もあるようで、
NHK夜7時の放映で、訃報を扱わなかった気がして、「アレ?」と思っていました。大きなニュース事項で長く扱うはずなのに。
見られない時のために毎日録画機能を使っているのですが、時たまリモコンをいじる者がいたりして、きちんと録画されてないことがありますので。
どうか勘違いでありますように。。。
人柱 とか……。不穏な言葉やめて下さいよ。
全く、ここのコメント欄に出没する人は
人○御供 の単語とか好きですね。