計算、計算違い(その3終わり)
私がその後保線区の予算を担当した時代も計算は電卓だった。
数億円規模の予算を電卓一つで整理していたのだから我ながら驚いてしまう。
(もっとも決算期には夢を見て夜中に飛び起きる思いもした。
今思えばパソコンがあれば随分助かったと思う。)
その後、コンピューターの時代へと急速に変わって行くのだが、
その利便性は言うに及ばない。
便利すぎるが故の問題さえ孕みつつあるのが現状ではなかろうか。
便利で早いと言うことだけが幸せだとは、私には到底思えない。
そして、計算の答えが早く、色々な想定、予想も統計学的には答えが簡単に出せても、
それが全てだとは言えないと思うのです。
年金がいくらでも入ってきて有り余る状況になると湯水のごとく使って、
全国に施設を作ったのも、言わば計算間違いそのものでは無かったのか。
いくらコンピューターの能力がアップしてもその事が人類を救う事に繋がるのだろうか、
などと思ってしまう。
(終わり)