生き延びられるとは女は思っていなかった
罠であることも覚悟していた
それでも自分の身代わりに濡れ衣で 人が殺されるのは嫌だった
もとはと言えば敵討ち 復讐
よってたかって でっちあげた罪で 店は取り潰し 父は殺され
どうにかしようと動いた母は 父を陥れた男達に騙され嬲りものにされ首を括った
父の幼なじみの軽業師に育てられ 小屋に出入りする引退したすりが教えてくれた指の使い方 身のこなし
義賊と呼ばれるようになる 始まりはそこだった
父と母とが受けた苦しみを歎きを 多少なりとも味合わせてやりたい
そんな女の願いに育ての親となった軽業師や元・すり
ちょっと世を拗ねた連中が力を貸したのだ
人を陥れるような連中は叩けば出る埃はたんとあり 悪事の陰で泣く人間も多かっ
盗んだ金をばらまけば人気は上がる
瓦版にも書かれる
盗っ人の人気が上がれば役人が動き出す
幾つかの大きな商いを潰し 繰り返し倉を襲えば 自分の悪事は棚に上げ いまや大商人となった男達は 力入れ捕まえてくれと役人に泣きつく
そうして女は知ったのだ
同じ長屋で暮らす浪人が役人と繋がりあることを
女は男に見ちゃあならない夢を見ていた
盗っ人が持てない普通の娘らしい夢
色んな全てを断ち切って役人が待ち構えるだろう場所に来て 案の定いた捕り方と戦いながら廃寺に逃げ込んだ
ーさあて いよいよ潮時か
女は懐から火薬を詰めた玉を取り出す
逃げ込んでから二つ三つ投げたが効いたか あれ以来遠巻きに囲んで様子見ているが いずれ一斉にかかってくるだろう
お役人相手に娘一人 勝ちめなどないのだ
最後の火薬玉 これに火を付ければ終わる
育ててくれた師匠には 自分なりの挨拶をしてきた
「嬢よ嬢よ」呼んで育ててくれた相手に恩返しも出来ずー
「御用だっ」十手持ちが目の前に迫る
その男がぐらりと倒れた
片手に刀で憮然とした顔の男が背後に立っている
長身の浪人は着流しのまま
女は はっと気付く
男が着ているのは 女が縫い上げ 長屋に届けたものだ
告げられない想いをひと針ひと針に込めて
「・・・さま」声が掠れる
ーこの方に斬られて死ぬのならー
「阿呆」
この場において口の悪い男であった
「惚れた女を死なせてたまるか」
「だってー」
「連中にはカタァつけると言ってきた さ寄越しな それを」
男は女が握りしめる火薬玉に手を伸ばす
「この場限り 夜嵐小僧はいなくなる」
男の言葉に女は小さく頷く
「怨みも捨てちまえ 行くぞ」
暫く後 大きな破裂音がして廃寺は燃え上がった
浪人も夜嵐小僧も木っ端みじんに砕け散ったのだろうと思われた
遠く遠く江戸を離れた西国の片隅で暮らし始めた夫婦がいる
小屋を畳んだ軽業師は巡礼に出て西を目指す
浪人が書き残した夜嵐小僧と大店の主人達との因縁を調べたものは 火盗改めへ届けられていた
火盗改めは 盗賊なれどその心根や殊勝にして哀れ 孝心は褒むべしーと
大店の主人達はそれぞれ罪を問われ 厳しい詮議を受けたとか
その後 夜嵐小僧の名が江戸の町を騒がせることはなかった