昔話
「ジョルジアナ ジアーナ 愛しい君 いつか君を連れて行くよ 僕が生まれ育った森に あの美しい場所へ
約束だ・・・」
ー恋ー
語り手である若い男の言葉が終わると 老貴族の妻ー公爵夫人であるマリーアが尋ねた
「それで貴方のご友人は今どちらに」
若い男は首を振る「それは わかりません」
マリーアは夫に尋ねる「失礼してこのお客様をお借りしても良いかしら」
若い男の話の途中から 老貴族とその古い友人となる貴族の表情に変化があった
何故ならば・・・・・
食事の為の部屋を出るとマリーアは若い男に告げる
「大層旧(ふる)い場所ですが少しご案内いたしましょう」
マリーアが若い男を誘ったのは それは美しい部屋で壁の一面に豪華な衣装を着た若い娘の肖像画が飾られていた
吸い寄せられるように若い男はその絵の前に歩いていく
「とても・・・美しい方ですね まさしく息をのむような」
「ここは私どもの娘の部屋 これは盛装した娘の姿を描いてもらったものです」
「何故 僕をこちらに案内して下さったのでしょう」
マリーアは微笑んだ「この娘の名前はジョルジアナと言いました 娘は恋をして居なくなったのです」
彼女は言葉を続けた「旅のお若い方 貴方のご友人のお名前を伺ってもいいかしら そしてよろしければ貴方の名前も」
「友人の名前はミケーレ・ファルーク・ドン・ディエゴ 僕の名前はハビエルです」
「ドン・ディエゴ ファルーク」
マリーアは小さく口の中で繰り返す「おお・・・ジョルジアナ 」
マリーアの瞳には涙が浮かんでいるようだった
「先程の貴方のお話 私にはまるで居なくなった娘の物語のようでした
この家を出てからの娘の事を教えられるようで
先程の部屋に片目に眼帯をした人がおりましたでしょう あの方は娘の許婚者でした
その伯爵との結婚が迫った日 娘は突然居なくなったのです
母親として娘が伯爵をフェルナンドを怖れている事には気付いておりました
しかしそれは 生娘ゆえの処女ゆえの異性への怖れと思っていたのです
娘が残した手紙には「ごめんなさい」とだけ
追っても捜しても二歩も三歩も届かず
それから生きた娘には会えず その消息も分かりませんでした
いつかフェルナンドが片目を失い大怪我をして帰ってきてー」
言葉を切ったマリーアはハビエルをじっと見た
「貴方が語る話は私には癒しのようでした 娘は不幸ではなかったーと
自分の息子にファルークと
ええ きっと娘は男の子なら女の子ならと名前を決めていて
そうに違いありません
お若い方
ファルークと言う名前はね ある冒険物語に出て来るの 娘が幼い頃 せがまれて幾度も読んで聞かせました
その冒険物語を娘はとても大切にしていて ずうっと部屋に置いていました
魔物やおそるべき敵と戦うファルークは-鷹ーと呼ばれる若者でした
幼い娘のヒーローだったのです
主人は貴方を招く理由を私にこう言いましたー何故だか とても懐かしい気がするーと
主人は自分では気づけないのでしょう
お若い方 貴方は主人の若い頃にとてもよく似ているのです
すらりとした長身で鞭のようにしなやかで油断ならない佇まい
瞳の色も主人と同じ琥珀色」
「僕の語ったのは友人から聞いた話で 名前の一致もただの偶然ですよ」
マリーアは微笑んだ「そういう事にしておきましょう 一度だけ こう呼んでくれませんか
おばあさまーと お願いです」
ハビエルと名乗る若い男は束の間躊躇する
そうして気付くのだ マリーアの瞳も水色だと
肖像画の娘ジョルジアナと同じ水色の瞳
その瞳に涙が浮かんでいる
「愛しています おばあ様 両親を許して下さい ずっとお会いしたかった」
ぶわっとマリーアの眼の中いっぱいに涙が広がり頬に溢れ落ちる
「娘の気持ちに気付けなかったこの母を許しておくれ 私だけでもお前の味方になるべきだった ジョルジアナ!」
若い男はマリーアの涙を自分のハンカチで優しくぬぐう
「猿芝居もいい加減にしろ このペテン師め!」
声を荒げ入ってきたのは片目の伯爵フェルナンド その背後には老貴族 公爵もいた
「おばあ様と呼んでほしいと願ったのは私です」今迄泣いていた人とも思えない凜として厳しい声をマリーアが放つ
「どいて下さい公爵夫人 その不埒者に思い知らせてやる!」
伯爵は剣を手にしていた
「丸腰の相手を斬ろうというのですか」
マリーアの表情が厳しくなる
「この若者は儂に乞われて友人とかいう人間の話をした おばあ様と呼んでほしいという我妻の願いにこたえて見せただけだぞ」
「アルコスト あなた・・・・・」
伯爵は裏切られたという表情になる
「こやつの父親はジョルジアナだけではなくーわたしの この片目を奪ったのです 」
それから随分意地悪い顔になった
「こやつの父親こそ 義賊を名乗り我々貴族から金品を奪い愚かな貧民どもに投げ与えていた盗っ人に他なりません
我が妻となるべき女性は泥棒風情に略奪されたのです」
「フェルナンド あの日 その義賊とやらを見つけたとかなりな手勢を連れて出て行ったな
戻ってきたのはフェルナンド一人・・・・
あれは確か数年前
この若者の語ったミゲルが大怪我をして死んだ頃かー」
フェルナンドは公爵を睨みつける
「それがどうしたというのです あの男は手強かった 私は恨みを忘れない」
「誇りにかけて 儂は儂が招いた客人を害することは許さん」
「ならば 公爵 あなたも殺すまで!」
伯爵が公爵に刃を向ける
すっと若い男が公爵と伯爵の間に飛び込む
公爵の手にした杖を奪い「拝借します」
突き出された伯爵の剣を受けた
「こしゃくな若造め 最初から気に入らなかったのだ その自惚れに満ちた鼻もちならない自信たっぷりぶりもな
ぼろぼろに切り裂いてやる!」
いきり立つ伯爵
静かな笑みを口許に浮かべる若い男 腕にどれほどの覚えがあるのだろうか
剣戟の音にマリーアは胸の前で両手を合わせる
公爵は妻を背後に庇いながらハビエルと名乗る若い男の戦いぶりに見入っていた
貴族らしくなく力任せに突進する伯爵の剣を悠々躱す若い男
こちらの動きは優雅だ
その姿勢が崩れることはない
手も無くひねられているのは伯爵の方だった
指から弾かれた自分の剣を握り直そうとして伯爵は自分の剣で自分の掌を傷つけた
「・・・・つ!」
「その手では剣は握れますまい ほら見せて下さい 手当致しましょう」
息切れし苦しそうな伯爵
対して若い男の方は息も乱していなかった
「くそう この身があと10年若ければー」悔し気に伯爵が唸る
「そうでしょうね」
服の胸元から出した薬で伯爵の傷を消毒し 何かの軟膏を塗りつけ包帯を巻いていく
「お前はー」
「僕は医者です おかしな薬を塗りつけたわけではありません ちょっとした薬はいつも多少は持っています」
「とどめを刺さなかったことをお前は後悔するぞ いつかお前を追い詰めてやる」
捨て台詞を残し伯爵は部屋を出ていく
「お騒がせしてすみません 折角ご招待いただいたのに」
若い男は公爵夫妻に向かって頭を下げる
「いやお客人 儂に教えてくれんか 先程話さなかったことを」
老人のものと若い男のものと同じ色の瞳が向き合う
「じゃ僕の父の話を少し
僕の父はそこそこの貴族の出でしたが成長するにつれて世の理不尽に自分は何ができるか考えるようになり 少しでも人の役に立とうと医学を学びました
その勉学の途中でも許しがたいことを目にして 自分にできることを始めました
家を出て身分を捨てて
父の両親はそうした父の行動を嘆きつつも いつかは帰ってくると信じて・・・病気でこの世を去る前に屋敷を父の乳母に託しました
いつか帰る場所が必要になった時の為にか
父は妻の命がある間はその家で暮らしました
父は母と出会った時に初めて身分を捨て去ったことを後悔したそうです」
「ジョルジアナ ジアーナ 愛しい君 いつか君を連れて行くよ 僕が生まれ育った森に あの美しい場所へ
約束だ・・・」
ー恋ー
語り手である若い男の言葉が終わると 老貴族の妻ー公爵夫人であるマリーアが尋ねた
「それで貴方のご友人は今どちらに」
若い男は首を振る「それは わかりません」
マリーアは夫に尋ねる「失礼してこのお客様をお借りしても良いかしら」
若い男の話の途中から 老貴族とその古い友人となる貴族の表情に変化があった
何故ならば・・・・・
食事の為の部屋を出るとマリーアは若い男に告げる
「大層旧(ふる)い場所ですが少しご案内いたしましょう」
マリーアが若い男を誘ったのは それは美しい部屋で壁の一面に豪華な衣装を着た若い娘の肖像画が飾られていた
吸い寄せられるように若い男はその絵の前に歩いていく
「とても・・・美しい方ですね まさしく息をのむような」
「ここは私どもの娘の部屋 これは盛装した娘の姿を描いてもらったものです」
「何故 僕をこちらに案内して下さったのでしょう」
マリーアは微笑んだ「この娘の名前はジョルジアナと言いました 娘は恋をして居なくなったのです」
彼女は言葉を続けた「旅のお若い方 貴方のご友人のお名前を伺ってもいいかしら そしてよろしければ貴方の名前も」
「友人の名前はミケーレ・ファルーク・ドン・ディエゴ 僕の名前はハビエルです」
「ドン・ディエゴ ファルーク」
マリーアは小さく口の中で繰り返す「おお・・・ジョルジアナ 」
マリーアの瞳には涙が浮かんでいるようだった
「先程の貴方のお話 私にはまるで居なくなった娘の物語のようでした
この家を出てからの娘の事を教えられるようで
先程の部屋に片目に眼帯をした人がおりましたでしょう あの方は娘の許婚者でした
その伯爵との結婚が迫った日 娘は突然居なくなったのです
母親として娘が伯爵をフェルナンドを怖れている事には気付いておりました
しかしそれは 生娘ゆえの処女ゆえの異性への怖れと思っていたのです
娘が残した手紙には「ごめんなさい」とだけ
追っても捜しても二歩も三歩も届かず
それから生きた娘には会えず その消息も分かりませんでした
いつかフェルナンドが片目を失い大怪我をして帰ってきてー」
言葉を切ったマリーアはハビエルをじっと見た
「貴方が語る話は私には癒しのようでした 娘は不幸ではなかったーと
自分の息子にファルークと
ええ きっと娘は男の子なら女の子ならと名前を決めていて
そうに違いありません
お若い方
ファルークと言う名前はね ある冒険物語に出て来るの 娘が幼い頃 せがまれて幾度も読んで聞かせました
その冒険物語を娘はとても大切にしていて ずうっと部屋に置いていました
魔物やおそるべき敵と戦うファルークは-鷹ーと呼ばれる若者でした
幼い娘のヒーローだったのです
主人は貴方を招く理由を私にこう言いましたー何故だか とても懐かしい気がするーと
主人は自分では気づけないのでしょう
お若い方 貴方は主人の若い頃にとてもよく似ているのです
すらりとした長身で鞭のようにしなやかで油断ならない佇まい
瞳の色も主人と同じ琥珀色」
「僕の語ったのは友人から聞いた話で 名前の一致もただの偶然ですよ」
マリーアは微笑んだ「そういう事にしておきましょう 一度だけ こう呼んでくれませんか
おばあさまーと お願いです」
ハビエルと名乗る若い男は束の間躊躇する
そうして気付くのだ マリーアの瞳も水色だと
肖像画の娘ジョルジアナと同じ水色の瞳
その瞳に涙が浮かんでいる
「愛しています おばあ様 両親を許して下さい ずっとお会いしたかった」
ぶわっとマリーアの眼の中いっぱいに涙が広がり頬に溢れ落ちる
「娘の気持ちに気付けなかったこの母を許しておくれ 私だけでもお前の味方になるべきだった ジョルジアナ!」
若い男はマリーアの涙を自分のハンカチで優しくぬぐう
「猿芝居もいい加減にしろ このペテン師め!」
声を荒げ入ってきたのは片目の伯爵フェルナンド その背後には老貴族 公爵もいた
「おばあ様と呼んでほしいと願ったのは私です」今迄泣いていた人とも思えない凜として厳しい声をマリーアが放つ
「どいて下さい公爵夫人 その不埒者に思い知らせてやる!」
伯爵は剣を手にしていた
「丸腰の相手を斬ろうというのですか」
マリーアの表情が厳しくなる
「この若者は儂に乞われて友人とかいう人間の話をした おばあ様と呼んでほしいという我妻の願いにこたえて見せただけだぞ」
「アルコスト あなた・・・・・」
伯爵は裏切られたという表情になる
「こやつの父親はジョルジアナだけではなくーわたしの この片目を奪ったのです 」
それから随分意地悪い顔になった
「こやつの父親こそ 義賊を名乗り我々貴族から金品を奪い愚かな貧民どもに投げ与えていた盗っ人に他なりません
我が妻となるべき女性は泥棒風情に略奪されたのです」
「フェルナンド あの日 その義賊とやらを見つけたとかなりな手勢を連れて出て行ったな
戻ってきたのはフェルナンド一人・・・・
あれは確か数年前
この若者の語ったミゲルが大怪我をして死んだ頃かー」
フェルナンドは公爵を睨みつける
「それがどうしたというのです あの男は手強かった 私は恨みを忘れない」
「誇りにかけて 儂は儂が招いた客人を害することは許さん」
「ならば 公爵 あなたも殺すまで!」
伯爵が公爵に刃を向ける
すっと若い男が公爵と伯爵の間に飛び込む
公爵の手にした杖を奪い「拝借します」
突き出された伯爵の剣を受けた
「こしゃくな若造め 最初から気に入らなかったのだ その自惚れに満ちた鼻もちならない自信たっぷりぶりもな
ぼろぼろに切り裂いてやる!」
いきり立つ伯爵
静かな笑みを口許に浮かべる若い男 腕にどれほどの覚えがあるのだろうか
剣戟の音にマリーアは胸の前で両手を合わせる
公爵は妻を背後に庇いながらハビエルと名乗る若い男の戦いぶりに見入っていた
貴族らしくなく力任せに突進する伯爵の剣を悠々躱す若い男
こちらの動きは優雅だ
その姿勢が崩れることはない
手も無くひねられているのは伯爵の方だった
指から弾かれた自分の剣を握り直そうとして伯爵は自分の剣で自分の掌を傷つけた
「・・・・つ!」
「その手では剣は握れますまい ほら見せて下さい 手当致しましょう」
息切れし苦しそうな伯爵
対して若い男の方は息も乱していなかった
「くそう この身があと10年若ければー」悔し気に伯爵が唸る
「そうでしょうね」
服の胸元から出した薬で伯爵の傷を消毒し 何かの軟膏を塗りつけ包帯を巻いていく
「お前はー」
「僕は医者です おかしな薬を塗りつけたわけではありません ちょっとした薬はいつも多少は持っています」
「とどめを刺さなかったことをお前は後悔するぞ いつかお前を追い詰めてやる」
捨て台詞を残し伯爵は部屋を出ていく
「お騒がせしてすみません 折角ご招待いただいたのに」
若い男は公爵夫妻に向かって頭を下げる
「いやお客人 儂に教えてくれんか 先程話さなかったことを」
老人のものと若い男のものと同じ色の瞳が向き合う
「じゃ僕の父の話を少し
僕の父はそこそこの貴族の出でしたが成長するにつれて世の理不尽に自分は何ができるか考えるようになり 少しでも人の役に立とうと医学を学びました
その勉学の途中でも許しがたいことを目にして 自分にできることを始めました
家を出て身分を捨てて
父の両親はそうした父の行動を嘆きつつも いつかは帰ってくると信じて・・・病気でこの世を去る前に屋敷を父の乳母に託しました
いつか帰る場所が必要になった時の為にか
父は妻の命がある間はその家で暮らしました
父は母と出会った時に初めて身分を捨て去ったことを後悔したそうです」