佐倉将堅が香瀬の里を自由にしたいと思っているなら 最初は理一郎を担ぐだろうが 長くは生かしておかないだろう
すると将堅が機嫌をとっている婆あとは 理一郎の母 お真木様か
一成より5歳年上の・・・とついでくる正妻深寿々に 心を移してはと用意しあてがわれた女性
それが将堅の野望に取り込まれたか
遠見の方の住まう一角からは侍女が迎えに出ていた
一行は静かに進む
彼らが入ると 厚い内扉が閉ざされた
驚いた事には 一成が運ばれてきており その枕元に 理一郎が控え 足元に 遠見の方 深寿々が端然と座っている
「阿矢女様の部屋での騒ぎのお陰で うまく事が運びました」
十五歳で嫁ぎ十八歳で母になり 四十路半ばか
お真木様とは丁度 十違い・・・・・
駒弥の後ろの板の間で小源太は頭を下げたままだ
「父がいないとなれば じきに騒ぎは起きる
茜野の見舞いの品に毒があったとでも言い張るやもしれぬ
医者の六也(りくや)まで 引き込んでおるゆえ
藤三殿には 世話をかける」 理一郎は 全てを知り 茜野へ相談をかけたのだった
「ご安心を 理一郎様 御身お大切に」
駒弥の言葉に理一郎は短く「済まぬ」と言った
主人に毒盛る極悪人と断じれないのは 理一郎が母を取り込まれているからだ
「将堅が動けば 外に伏せてある兄駿(はやお)にも こちらにも合図があります」
駒弥は落ち着いていた
ふと駒弥の背後の人物に目を止め 深寿々が尋ねる
「その者は」
「これは我が里の客人にて 助力をお願いした 小源太殿と申されます 」
さっと深寿々の顔色が変わる「小・・・源太・・・と
顔を上げて見せてはくれぬか」
理一郎も半立ちになった
何より ぜいぜい息を喘がせている一成が 起きようとする
理一郎が懐から何か出して投げた
それは小源太めがけて飛んでいく
小源太も懐から出したもので それを受けた
くるくる回って 似た形の物は もとから二つで一つの物だったようにおさまる
「お・・・お」深寿々は絶句する
立派に成長した息子の姿であった
「随分と長い家出だったな 弟よ」理一郎は 傍らへ来るようにと招く
「げん ・・・た・・・ろ・・・」
合図と決めていた鶯の鳴き声が響いたのは その時だった
じきに捜して将堅一味は ここへ辿り着く
駿達の事を将堅は知らない
それが立て籠もる側の強みだった
「理一郎様には ここを動かれませんように―行きます」
駒弥は座敷を飛び出し 小源太も続いた
扉でなく庭の一角が破られ 男達が雪崩れこんでくる
見れば駒弥は器用に両手に刀を持ち 凄まじい勢いと速さで動かしている
今の彼は 決して静かでは無かった
一つの巨大な影が裏手に回ろうとする
小源太が駆け付けると 阿矢女と菖子がたすきがけ姿もいさましく薙刀を構えていた
輪十郎が言う「面白い 女 その身は貰うたわ」
不気味に大刀振りかぶる
「させぬ」その間合いに小源太が入る
輪十郎の刀を小源太が受け止める
じりじりと小源太が押し返していく
輪十郎の頬が膨み 小源太はさっと離れて下がる
含み針・・・
見破られて輪十郎は 片頬緩める
「退かぬか 」と言った
小源太は無言だ 口を開いて余計な隙ができるのを嫌った
誘い込むように右横上がり斜め中段に構える
身体が開いて見えると そこへ打ち込んでいきたくなるものだ
誘いとわかっていても がらりと開いて見える側へかかりたくなる
ゆらり 輪十郎の身体が動く
将堅にその{悪どい腕}戦い方を買われた野良犬であった
身が危なくなれば都合良い獲物を頂いて逃げるまで
美い女(いいおんな)は 楽しんだあと飽きればカネにも出来て役に立つ
この女ならばさぞや高く売れるだろうと狙ってきている
「お前・・・女の情夫(いろ)か」
輪十郎は小源太を怒らせようとしていた
伊達に放浪生活を続けてはいない
汚ない戦い方にも小源太は場数を踏んでいた
上背は僅かに輪十郎に負けるものの 小源太の体付きには無駄がなかった
「何をしておる 輪十郎 わしを守らぬか」
将堅が喚く
こんな筈では無かったという狼狽を滲ませて―
邪魔な遠見の方ごと 茜野の男達も 一成毒殺の罪押し付けて 始末するつもりであったのが―
佐倉将堅は茜野からの応援と 一成 理一郎派の香瀬の兵に囲まれ
さらに配下の者達も寝返る人間が続いている
輪十郎は焦ったか
己が力を過信したか 猛烈な勢いで刀を振り下ろす
相手に当たらず空振りで繰り返せば 息が上がる
必殺の剣も必殺でなくなる
速度は小源太の刀が早かった
腹から肋(あばら)へ 深く―
輪十郎が落とした刀で 小源太は その首を切った・・・
阿矢女は白雪に助けられつつ亡き夫の敵を殺したことがある
暫くは悪夢を見たものだ
尼になろうとして それは藤三が許さなかった
佐波の雷伍殿は それを願ったであろうか―と藤三は言うのだ
小源太は 菖子と阿矢女を守り 広い背中を見せて立っていた
佐倉将堅は追い詰められつつある
「将堅 将堅」着物を乱した女が駆けてくる
「何の騒ぎじゃ これは何じゃ」
理一郎の母 お真木だ
将堅は笑った「これは良いところへ」
お真木の首に片手巻き付け 声張り上げる
「聞け!理一郎!良いのか母を殺しても
出て来い
母の命助けたば」
理一郎が姿を見せる
将堅は理一郎を人質に逃げようと思ったか
将堅の身体が凍り付く
腕の中の女を見た
夜叉のような笑い浮かべた女は 将堅の脇腹を深々と抉り
「させぬ」と言う
「我が男 何処にも行かせぬ 」
「この・・・色気違いめ ばばあ・・・」
憤怒の余り 将堅はお真木の身体を切り裂く
それでも お真木は離れなかった
その鬼気迫る光景から 理一郎は目を逸らさず 流石に唇ひき結んだものの―しかとその最期を見届けていた
「母は乱心していた」全て終わってから 理一郎は言った
当主 一成を裏切り 佐倉将堅に付いた者 医者の六也の処分
すべき後片付けも多かったが
駒弥が外から連れてきた茜野からの応援の総大将の姿に 理一郎は 嬉しい驚きを持った
駿ではなく―藤三 その人であった
「妻に妹といるに・・・さ」と照れたように笑う
「茜野は駿がいれば心配ない」とも
遠見の方は言う「やんちゃぶりは変わりませぬな」
深寿々は菖子のおばになるのだった
終わってみれば実に呆気ない戦いで それでも綻びも多く 埋めていかなくてはならない
帰ってきた小源太の立場も微妙であった
おさまりの悪さを彼は感じている
理一郎はまだ起きられぬ当主一成の代わりをよく努めていた
藤三に言う
「このご恩 いかにすれば お返しできるものか―」
「役に立てて良かった かような事でもなければ 顔も見に来れぬゆえ」
もとは気楽な三男 香瀬へも 割りと自由に遊びにきていた
茜野から嫁いだ深寿々もいるし
藤三の腰の軽さが 理一郎には羨ましい
香瀬をしっかり守らねば―
だが それは 遠見の方の子 弟の源太郎こそ 相応しいのではないか
再会した弟は逞しく成長し寡黙な男になっていた
それが頼もしく 少し寂しい理一郎である
里が二つに割れそうになった時 源太郎は 出て行ってしまった
弟・・・
母親が違う事など関係なかった
自分が知る事を教えることが楽しかった
茜野から使者として来ていた藤三は 弟の話をする理一郎が 羨ましそうだった
いなくなった事情を知った時も 気にかけていてくれたのだろう
戻る半円を扱う姿に もしやと察したらしい
香瀬に伝わる武器
全て終われば 謹慎してもいい
弟が帰ってきたのだ
だが 源太郎は言った
「家を継ぐのは兄上
これに文句ある者は わたしをまず斬りなさい
不心得な佐倉将堅の為に香瀬の里は 最良の主人を失いたいか」
それから 理一郎の前に手をついた
「心得違いで長い間 里を留守にし 申し訳ありません
父上 母上にも不幸を致しました」
香瀬の里を守る為に 茜野の者達と戻ってきた源太郎に文句をつける者はいなかった
茜野をそうそう留守にもしていられず 藤三達も 香瀬の里が落ち着いたと見るや 帰って行った
お真木の死で一年延びた理一郎の 隣りの里 黒沼の娘との婚礼が行われることとなり 小源太こと源太郎は 再び茜野の里を訪れることとなる
次から次への傑作作品の数々。パワフルです!!
その汲めども尽きない才能は、本当に賞賛です♪
わたし・・・恋物語が書きたかったのにー
次回こそは… きっと…(笑)
せつなひ恋物語態勢に入りませぬ・・;
焦りつつ「4」ただいま少し書いております