その大きな原因は「総括原価方式」にあった。原価や人件費を積み上げて3%の報酬率を上積みするとほぼ申請どうり認められて電気料金が決まる。無駄な購入や開発など経営効率が悪い程、報酬は増える。インチキビジネスだからまともな経営を知っていたら出世に不都合となる。
いよいよ、電力の自由化が個人住宅まで広がるものの電力ビジネスは設備産業だから、新規参入企業が一気に躍進する訳ではない。しかし、DoCoMoの例のようにお役所感覚はなかなか抜けないので、気付いた時は後塵を拝する事になってしまう。
自由化で電力会社が打つ有力な手の一つは、東南アジアなどの電力事業進出だ。しかし、威張ることぐらいしか能が無く何をどうして良いか分からない。商社に頼む事になるのだが、実は商社は見掛け倒しで営業力が無い。
商社はかつて賄賂を武器に輸出ビジネスを展開し、世界に強大なネットワークを構築していた。ところが、これをアメリカに見抜かれ、1990年代、日本商社のビジネスは旧英連邦に持って行かれ、すっかり力を失った。
その意味ではオープンプラネットは、配電線を利用した家庭内のネットワークサービスなどで大変魅力あるビジネスプランだったが、発表後1年で挫折してしまった。東京電力と関西電力が反対したらしい。僕は出張のついでに東電のキーマンに会った。
言われたのは、「確かに1年前のオープンプラネットは斬新で素晴らしかったが、現在では速度が遅く陳腐化している。当社は高速方式を開発しており、低速方式採用は技術者のプライドが許さない」。
そうであればすぐさま高速を採用すれば良かったのだが、多分、多額の開発資金投入などで両者譲らす、身動きが取れなかったのだろう。低速も高速もとん挫する。これは電力業界にとって大変大きなチャンスを逸した事になった。情報産業は巨大産業になり得る。
僕は帰社して報告したが、「高速を採用すべき」とは言わなかった。僕のビジネスでは無かったし、こちらは全電力に呼びかけて深夜電力充電のエコライト開発で手一杯。前にも書いたが、僕なら乗り換え判断に5分もかけない。
オープンプラネットの端末モニターに関して子会社の部長の話を聞いたところ、「1回使ったが不便で遅いのですぐ倉庫にしまった」と言っていた。数十億円もかけてそんなものを試作する感覚もどうかしている。
話は違うが、子会社で新規事業を立ち上げていた時、曲がった間伐材から柱を切り出す自動装置開発の依頼を受けた時、僕は即座に簡単にできますと回答した。ところがスタッフは全員反対で、「反対、反対」のカエルの合唱。議事録さえ拒否された。それが、年間10台以上を受注するビジネスに発展した。
僕は営業も製造もド素人だったが、開発がらみの営業では負けることなく勝ち続けた。トップメーカーの心臓部である装置や生産ラインを開発し納入した。しかし、電力会社では全く評価されなかった。大失敗したオープンプラネットの責任者は副社長、常務になった。
エコライトは成功の見通しが出てきた途端に上司の部長が報告書を受け取りを拒否し始めた。プロジェクトは解散し、評価は最低となった。