遂に、生物進化論を画期的に進化させるであろう新たな論理に到達した。分子生物学の分析によれば、遺伝子はコピーにより同じ遺伝子が横に作成され、変化し、更にこれらが次々重複コピーされた上に、シャッフルされ、言わばコピペの世界で進化した事が分かっている。
このコピペを誰が実施したのかが謎だった。当然、私でもあなたでもない。神様が実施したと言えばわかったような分からないような回答となる。その論理的空白を埋める事の出来る仮説に至ったのである。
進化は自然の摂理に反している。海水が重力に逆らい川をさかのぼるとか、石ころが積みあがって月に到達する・・という類の話である。従来の進化論では、進化は偶然で、自然選択された生物が生き残ったとの考え。
偶然だけで、海水が上流に上がり、石ころが月まで届く訳がない。特別な仕掛けとエネルギーが必要になる。そのような進化の駆動力を提唱したのが私の戦略的進化論だったが、戦略的進化論あるいは従来の進化論にも埋め難い大きな空白が有った。
新しい仮説は来年度の電気学会全国大会(3月24日から世田谷の東京都市大学)で発表したいので、紹介は控える。ヒントも出さない。ただ、この9月26日、進化論の大きな空白を埋め得る論理的なアイデアが浮かんだと記しておく。
素人の発想で、有機物質に進化の駆動力を与える評価システム(*)が形成され、生命が誕生し、更に人間に至る進化に至ったとする新たな進化論(戦略的進化論)を最初に電気学会・全国大会で発表したのが平成15年。
その後の新たな科学情報は全てこの仮説を後押しするものだったが、残念ながら完全な証明には滅茶苦茶大きなギャップが有ると言わざるを得ない。
*生命は血液やリンパ液の循環、ライフサイクルなど様々な循環で構成されているが、この循環を評価するシステムが等価的に形成されたとする。物質から人間までの進化をエレガントに説明できる唯一の進化論である。ただ、全く知られていない。
新しい仮説のヒントは、今年の初夏から読み始めた分子生物学、免疫学、生理学などの医学入門書だ。取り分け、宮田隆先生の「分子から見た生物進化」はその発端となった。
幸い戦略的進化論を否定する要素は見当たらなかった。戦略的進化論の小仮説のうち「遺伝子には書き換えにくい部分と書き換え容易な部分が有る」、「遺伝子中の設計図(1.5%)以外の部分に獲得形質などの情報が記録されている」で、前者が100%、後者が部分的に正しかったことを確認した。
ダーウィンの自然選択説と中立説について、マクロファジーな私の頭で申し上げると、自然選択説を遺伝子を映すスクリーンで見れば中立説(遺伝子のランダムな変化)になるという事。両説は同じものなんだね。だから、自然選択説一辺倒の中で中立説は支持を得やすい。
土曜日は仕事せず、広島中を走り回り、遅い昼食をとり乍ら本を読む。みほり峠、そば庄、ドン・キホーテ宇品3階の休憩所、比治山展望台などで読みまくったね。分子生物学は実にエキサイティング。分子生物学を読まないなんて、信じられない・・などと勝手に思いながら。
ミクロンサイズの細胞の中では、様々な人(タンパク質や酵素など)が働き、設計図を読み、製造したり、目的場所に運んだり、仕上げたり、品質検査し、分解したり、それらが絶え間なく整然と行われている。全体の動きを見ると大勢の人が働く工場のようでもある。
分子生物学や生理学を読み進むと驚異の連続だね。学者でさえ、著書の中で驚異と書いている。とてもじゃないが、まだまだ人間の知恵が及ぶような世界ではない。余りに凄すぎて生物学者は試験室で生命体を作る事を諦めたらしい。
何で、前世紀ではこれらの情報が少なかったか?実は光学顕微鏡では、例えば細胞の中身が十分見えなかったんだね。電子顕微鏡、SPring-8、SACLAなどが細胞の中の住民や各器官の微細な動きを明確にしつつある。
私は常に空想の世界を楽しんでいる。その空想の中で、稀に、新たなアイデアに到達する。学者でもないし、設備も金も無いが、先入観も無く、切迫感も無い自由な発想が納得のできる論理を生み出す。
以前、私の進化論を説明した慶応大学の准教授によれば、私は哲学者(訳の分からん事を言う?)であり、自説を主張するには科学者を論破しろと言う。もし彼が科学者なら、若いんだし、もっと自然体で幅広く議論しても良いように思う。
広大の専門家(生物進化)を含めて、私の進化仮説を受け入れないし、議論にもならない。多分、私と会うこと自体が、彼らのポジションを危うくすると考えられているのだろう。科学は意外に排他的で硬直的なんだ。
高度に進歩した21世紀の現代でさえ、進化論や宇宙論は大きく深い謎である。だから宝の山なんだね。それで、私の様な素人でも宝を見つけるチャンスが有る。皆さんも、宝さがし(論理の散歩道)に来られてはどうですか?