何かのきっかけで、ある日、突然に聴きたくなる盤があります。
これも、私にとってはそんな1枚なのですが――
■Friends / Chick Corea (Polydor)
1970年代末のジャズ喫茶では人気盤であり、後にシーンを転換させた新伝承派の4ビート回帰現象の地ならしをしたアルバムです。
リーダーのチック・コリアは、ご存知のとおり、1970年代前半に自己のバンド「リターン・トゥ・フォーエバー」を率いてフュージョンブームを現出させた張本人ですが、その同じ人物が、今度は4ビートに率先して戻ろうと画策したのですから、いやはや、なんともです。
しかし内容は文句無しにジャズの本質を突いた傑作でした。
録音は1978年1月、メンバーはジョー・ファレル(ts,ss,fl)、チック・コリア(p,elp)、エディ・ゴメス(b)、スティーヴ・ガッド(ds,per) という、所謂ワンホーン編成というところが興味深く、ベースがアコースティックというのも、ミソでした――
A-1 The One Step
ふらりっ、と演奏を始めるエレピとべースが妙に心地良い出だしから、スティーヴ・ガッドの生硬なドラムスが、これまた不思議とマッチしています。
またエレピと生ベースという組み合わせが、フュージョン全盛期では心憎いばかりです。なにしろ基本が4ビートなので、ジョー・ファレルがソプラノサックスで奔放なアドリブソロを演じると、ジョン・コルトレーンの世界になってしまうところを、これが阻止しているわけですねぇ~。
そしてチック・コリアは、自分のパートに入ると、グッとテンポアップしてエレピを弾きまくるのですが、全体に漂う爽やかな風みたいなノリは大切にしています。今思うと、それがフュージョン時代の4ビートならではの風情だったのかもしれません。
A-2 Waltz For Dave
タイトルどおりワルツテンポの柔らかな曲です。
ここでのチック・コリアは生ピアノ、ジョー・ファレルはフルートで妙技を聞かせますが、背後で躍動するスティーヴ・ガッドのブラシが意想外の健闘で、当時、愕いたものです。ただしステックになると、シンバルがスイングしていません。
しかしエディ・ゴメスが屋台骨をしっかりと支えていますし、幾分軽い、その音色と、スティーヴ・ガッドのドッシーンとしたビートが、上手く噛合っていると思います。
A-3 Children's Song #5
不安感に苛まれるような短い曲で、これは次への繋ぎというところでしょう。
A-4 Samba Song
A面のハイライト曲で、タイトルどおりにラテンのリズムを徹底して分解再構築しつつ、どこまでもハードな演奏が続いていきます。
そのキモはスティーヴ・ガッドの爆発的なドラムスで、ここではスイングしないシンバルを捨て、スネアとタム、バスドラのコンビネーションで勝負する、変態セカンドラインが強烈!
ですからアドリブパートでは先発のジョー・ファレルがテナーサックスで本領発揮の全力疾走! ハードバップ~モード、さらにジャズロック~ブラックファンクのノリまでゴッタ煮状態で、リスナーを圧倒します。
そしてチック・コリアは生ピアノで、圧巻のアドリブを展開し、本来スイングしないはずのスティーヴ・ガッドのシンバルを逆にリードして、猛烈な4ビートのグルーヴを発散させるのですから、たまりませんねぇ~♪
もちろんその陰には、エディ・ゴメスの基本に忠実なベースがあるわけです。スピート感に満ちたウォーキングと超絶技巧のピチカートソロは、軽い音色ではありますが、それがチック・コリアやスティーヴ・ガッドと烈しく対峙していくあたりは、本当に爽快です!
演奏はクライマックスで厳しい仕掛けが用意されており、バンド全員の息をもつかせぬアンサンブルとスティーヴ・ガッドの爆裂ドラムソロが、死ぬほど凄い大団円になっています。
B-1 Friends
さて、B面は軽いラテンビートの楽しい曲でスタート♪ ジョー・ファレルのフルートがこよなく素敵ですが、初めて聴いた時は渡辺貞夫か? と思った記憶が今も鮮烈です。
またここでもスティーヴ・ガッドの変形セカンドラインが素晴らしく、ややハスキーなジョー・ファレルのフルート、仄かに暖かいチック・コリアのエレピが、ますます冴えています。
B-2 Sicily
これもスティーヴ・ガッドのドラムスが冴える、チック・コリア節が満載の名曲・名演です。この控えめなマイナー調が、琴線にふれるんでねぇ~♪
しかしアドリブパートは、ジョー・ファレルのフルートを筆頭にハードに展開され、途中テンポを落としてエディ・ゴメスのベースソロを導くあたりは、やや音程が危なくなっていますが、チック・コリアが十八番のキメでしょう。
またラストテーマからの脂っこい展開も、このバンド特有のノリで、血が騒いでしまいます。
B-3 Children's Song #15
これも繋ぎの演奏という短さですが、個人的には妙に気になります。
B-4 Cappucino
そしてオーラスは、初っ端から正統派4ビートを演じてしまいます。
う~ん、このスイングしないスティーヴ・ガッドのシンバルは、なんとかならんのか! と思っていると、プログレみたいなキメのアンサンブルが始まり、アドリブパートでは、いつしかエディ・ゴメスのベースソロが始まり、スティーヴ・ガッドもスネア主体のドラミングに方針転換しているので、興奮させられます。このあたりは全盛期のイエスのような雰囲気も♪
しかしジョー・ファレルがソプラノサックスで、そんな雑念妄想をブッ飛ばしてくれるんですから、痛快です。それはもちろん、ジョン・コルトレーンの魂が大切にされていますが、さらに新しい感覚が入っているので、スティーヴ・ガッドの煽りにも負けず、チック・コリアの意地悪な伴奏にも耐えて、猛烈に爆発する素晴らしさです。
そしてチック・コリアは生ピアノで大奮戦! モードやフリー、ジャズロックまでも包括した強烈さですから、背後で暴れるスティーヴ・ガッドさえも、グウのネも出せない恐ろしさです。痛快!
ということで、これはハードで楽しいアルバムです。一時のジャズ喫茶では連日、鳴りっ放しという有様でした。なにしろ基本が4ビートですから♪
しかし一部では、エディ・ゴメスのベースの軽さが指摘され、またスイングしないスティーヴ・ガッドのシンバルがダメとされました。
個人的にも、確かにそのとおりだと思います。
ですが、チック・コリアがスタンリー・クラークでは無く、エディ・ゴメスをあえてここで抜擢したのは、長い目でみれば大正解でした。なにしろロックビートに走りたがるメンバー中、誰よりもジャズビートを大切にしていたのが、この人でしたから!
スティーヴ・ガッドがモロジャズの世界で真価を発揮できたのも、それゆえのことです。そしてこの2人が、後にステップスで一世を風靡していくのもムベなるかなです。
おそらくジャズの歴史的名盤になる日も近いのでは……?