ジュリー・オオツカ, 小竹由美子 訳,フィルムアート社 (2018/9).
今頃になって,太平洋戦争中に在米の日本人が強制収容所に抑留されていたことが知られるようになった.ぼくが初めて痛切に認識したのはミリキタニの個展の時だったと思う.
この本では母と男女ふたりの小学生年齢のこどもが,抑留される.父親はその前に連行されている.普通の扱いなら,父親もふくめた一家揃っての抑留となるはずだが,何かあるらしい.
「強制退去命令十九号」「列車」「あのころ、天皇は神だった」「よその家の裏庭で」「告白」
の5章で構成される.長大な訳者あとがきは,移民の歴史から始め,著者のファミリー・ヒストリーに及ぶ.
「強制退去...」で母が,こどもたちが学校に行っている間に,愛犬を殺す場面でびっくりした.
収容所に犬を連れて行くことも,置いて行くこともできなかったのだ.
片目の視力を失い,歩くこともままならないシロに,おにぎりと卵と鮭を食べさせる.犬は女主人の求めならどんなことでもした.「死んだフリをしなさい」というと,横になって目を閉じたので,大きなシャベルの刃をはっしとばかりにいたの頭にうちおろした...
この本で血を見る場面はここだけ.この章は主として連行前日.
「列車」は連行中.「あのころ...」は収容所生活.
本の原題は When the Emperor was divine で,あとがきによれば,これを「あのころ,天皇は...」と訳したという.訳者も感じたことらしいが,この本では天皇信仰が大きな意味を持っているとは思えない.
日本で空襲の下を逃げ回ったことを考えれば,かろうじてにせよ,衣食足りた収容所は良かったんじゃないの,というのはぼくの世代が思うこと.「よその家の...」のよその家とは,戦後帰ってきた自分の家.そこの生活は針のむしろ.近所には戦争から帰ってこない男たち,帰って来ても負傷したり,拷問を経験していたり.母親には仕事がない.
戦争が終わった日本では,おおっぴらに電灯を点けて暮らせるのがとても嬉しかったが,この「よその家」では夜は明かりが漏れないようにひっそりとしていないと,レンガが投げ込まれたりする.
やっと帰ってきた一家の父親は廃人同様.最後の「告白」は一人称.この父親のように身に覚えがないままに逮捕・抑留・尋問・拷問された日系人たちのやけっぱちな自白? その内容は性犯罪・スパイ活動・テロ・武装蜂起...
この母子3人には名前がないのだが,読み終えるまでそれを意識しなかった.
同じ著者の「屋根裏の仏さま」も読んでみようか.