Sixteen Tones

音律と音階・ヴァイブ・ジャズ・ガラス絵・ミステリ.....

習字と書体

2020-11-30 09:15:05 | エトセト等
昨日紹介した「時代をひらく書体...」には昭和20年代のきれいな,読みやすい書体デザインのポイントとして,正方形のマスに書くときに
1) 面積の大きい字は字面一杯ではなく内側に少し小さく
2)重心が下にある文字は少し上げて
3)右寄りの傾向の文字は少し左に寄せ
4)左寄りの傾向の文字は少し右に寄せ
5)画数が多い文字は画線のうちで可能な線を細めて全体に明るさを保つようにする.
が挙げてあった.

高校の芸術は選択で「書道」を取ったのだが,そのとき習字と,芸術としての「書」は違うといわれた (先生は「道」をつけることが嫌いで,書道ではなく書でいいと言っていた...今になって ごもっともと思う).そして,習字は技術に過ぎないから,コツさえわかればいいのだとおっしゃって,先の5箇条に類したことを伝授された.見出し画像右側は「時代をひらく...」にあったイワタ新楷書という書体のデザインへの修正.かって小中学校の習字で (高校ではこれはなかった),赤字で修正されたことを思いだす.習字と書体設計は共通するところが多いのだ.

後年,書店で見出し画像の新書本 (1980年刊行) を発見した.高校時代の先生の著書である.授業の時はそれなりに感心したが,もう40台だったので,ハウツー本なんか書いて,センセーも大変なんだなと,不遜な感慨を持った.

「時代をひらく...」によれば,活字と手描き文字の違いは,活字の大きさが決まっていることだという.「橋本」と手書きするときは「橋」を大きく「本」を小さくするが,活字でどちらも同じ大きさである.しかし「本」が大きすぎるという印象を与えてはならない.また線の太さが画一だと,「橋」のように画数が多い字は黒っぽくなってしまうので,すでに箇条書き5)で示した技術が必要になる.

以下は16トンの勝手な感想.
コンピュータ時代に,ひとつの文章に同じ大きさのフォントを使う必要はないのではないか.「橋」を大きく「本」を小さくすれば,それだけで手書きの印象を与えることができそうだ.
劇画の吹き出しの文章では,いろいろな大きさのフォントを使うことは珍しくない.あれを文学作品にも応用したらどうだろう.AI 技術を応用すれば,自動的にフォントの大きさを(種類も)変えて,読み手の感情を左右する字面を作ることができそう.習字ではなく「書」への AI 利用の第一歩である.
コメント
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