【卓上四季】:えたいの知れない塊
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【卓上四季】:えたいの知れない塊
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終おさえつけていた」。梶井基次郎の「檸檬(れもん)」の有名な冒頭部分だ▼主人公はもやもやとした憂鬱(ゆううつ)な状態で、京都の街をうろつく。それは自分が抱える病でも借金でもなく、「いけないのはその不吉な塊だ」と思いを巡らす。しかし、街中の八百屋で偶然見つけた檸檬が、その憂鬱を少なからず解消させた▼梶井の心象風景を描いたこの作品が発表されたのは1925年(大正14年)。作家の目前には明治以降、急激な近代化によって変化する日本の姿があった。その先には何があるのか。迫りくるものが判然としない中では、不安が渦巻いていたとしても当然だろう▼米フェイスブックが来年上半期の導入を計画していた暗号資産(仮想通貨)「リブラ」も、どんな影響を及ぼすのか見通せない点では同じだ。だからだろう。発行の延期が確実となった。ドルや円など主要通貨を裏付け資産に安定通貨を目指したが、資金洗浄への悪用や個人情報保護への懸念から、20カ国・地域(G20)が発行規制で合意した▼90年代半ばからのインターネットの急速な普及と技術進化で、世界中の人々の生活やビジネスは激変した▼だが仮想通貨をはじめとした「見えない世界」の浸透にはどうしても負の側面がつきまとう。それだけに庶民の幸せにつながるのか、疑問は膨らむ。「えたいの知れない塊」はやはり怖い。2019・10・28
元稿:北海道新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【卓上四季】 2019年10月28日 05:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。