政倫審の開催では、公開・非公開の是非をめぐる与野党の協議、出席者の調整が難航。首相自らが出席の意向を示して事態の打開を図って、やっと実現に至った経緯がある。だが、出席者は野党要求の51人に対し、首相を含めわずか6人。安倍派幹部「5人衆」の一人である自民党の萩生田光一前政調会長や二階派会長の二階俊博元幹事長は含まれなかった。
2月29日と3月1日に開かれた政倫審。やはり、新たな事実はほとんど何も出て来なかった。岸田首相は自民党の調査報告書の内容をなぞるだけで、派閥関係者に聞くべき事実関係も確認していなかった。「何のために出て来たのか」(3月1日付毎日新聞社説)と批判される始末。安倍派事務総長経験者の西村康稔前経済産業相ら4人の同派幹部は、派閥や自らの政治団体の政治資金収支報告書の不記載について「関与していない」「会計責任者の秘書がやっていて、知らなかった」などと弁明し、従来の説明を繰り返した。還流再開の経緯も「承知していない」などと、いずれも関与を否定した。
衆院政治倫理審査会の冒頭、自民党安倍派の政治資金パーティー裏金事件について陳謝する西村康稔前経済産業相=3月1日、国会内【時事通信社】
もともと、うそをついても罪に問われない政倫審の場で、事件の実態解明に期待するのは無理がある。首相は年度内の2024年度予算成立を図るために必要なプロセスと判断して、公開での政倫審出席に動いたのだろう。しかし、国民の信頼回復を図るためには逆効果で、政治不信をますます強めたのではないか。本来は偽証罪のある証人喚問が必要だが、自民党の抵抗は必至で、その実現は難しいだろう。
◆確定申告、納税義務は政治家の判断か
2月16日から2023年分の所得税の確定申告が始まった。これに先立ち、岸田首相は14日の衆院予算委で国民民主党の古川元久氏の質問に対し、「適切に納税、申告を行っていただくようお願いしなければならないと考えている」と述べた。裏金事件で、政治家に対する国民の不公平感と怒りが高まる中、この答弁はSNSで「どの口が言う」などと批判が噴出した。
国会では、使わないまま保管していた裏金について、納税義務を果たすよう求める声が野党から相次いでいる。国税当局は国会で「政治家個人に帰属する政治資金を使用せず、長年保存していた場合、課税関係が生じる」と指摘したが、税務調査の可能性については「さまざまな状況を総合的に判断する。実態に応じて適正に取り扱う」との答弁にとどめている。
鈴木俊一財務相は、未使用の裏金について「政治活動に使わず残った所得で控除し切れないと議員が判断した場合、納税することはもちろん可能性としてはある。疑義を持たれた政治家が政治責任を果たす観点から判断すべきだ」(2月22日、衆院予算委)と述べた。
これが「納税は議員が判断」と報じられると、ネットで“炎上”。「納税するか否かは個人の判断」と受け取られ、鈴木氏は26日に発言を否定した。裏金を非課税の政治資金として修正申告したのに、これから納税義務を果たそうという議員は皆無だろう。
衆院予算委員会で質問する立憲民主党の野田佳彦元首相(中央)=2月26日、国会内【時事通信社】
2月26日には立民の野田佳彦元首相が質疑で「(裏金を受け取っていた議員は)過去5年分を修正申告し、納税義務を果たすよう(首相が)指示すべきだ」と求めていたが、首相は相変わらずゼロ回答だった。
◆死人に口なし、「ひどい」と涙の抗議
自民党の聞き取り調査では「安倍派の中には、派閥幹部の責任を問う回答も数多く見受けられた」との記述がやや目を引いた。
通常国会召集前の1月19日以降、安倍派座長の塩谷立元文部科学相や同派幹部の「5人衆」(萩生氏、西村氏、高木毅前国対委員長、松野博一前官房長官、世耕弘成前参院幹事長)らは派閥から還流された金額を公表し、記者会見やコメントで国民の政治不信を招いたことを陳謝したが、一方で「秘書が報告していなかった」「私自身は把握していなかった」などと釈明した。検察による立件を免れ、ようやく重たい口を開いたのだ。西村氏は次のように説明した。
「清和会主催の政治資金パーティー収入の還付にかかる処理は、歴代会長と清和会事務局長との間で、長年慣行的に扱ってきたことであり、会長以外の私たち幹部が関与することはなかった」「(収支報告書への不記載も)今回の問題が表面化するまで知らなかった」
安倍派「5人衆」、左から萩生田光一前政調会長、西村康稔前経済産業相、高木毅前国対委員長、松野博一前官房長官、世耕弘成前参院幹事長【時事通信社】
安倍派が解散する方針を決めたのは1月19日午後の臨時総会。岸田首相が前日の夜に岸田派解散の意向を電撃的に表明して、政界には激震が走った。安倍派の塩谷座長は「長年にわたる『ミスリード』で、各議員の事務所に誤った処理をさせてしまった」と陳謝した。「歴代会長と事務局長が関与し、会長以外の幹部が関わることはなかった」という説明があったという。
これに対し、ある女性議員が涙ながらに「ひどい」と抗議の声を上げ、次のように発言した。
「安倍さんが亡くなったとたんに会長のせいにして罪を着せ、(自分の責任を)説明しないのはひきょうだ。人として、当たり前のことをしなければならない」
「死人に口なし」のような幹部の説明と女性議員の涙声を聞いて、中堅の高鳥修一衆院議員も黙っていられなくなったという。
◆安倍派幹部は「見苦しい」と高鳥氏
安倍派は22年4月、安倍氏の意向でいったんは還流廃止を決めた。しかし、安倍氏が同年7月8日に銃撃事件で死亡した後、複数の幹部らが協議して還流再開を決めたとされていた。西村氏は同派事務総長在任中の22年4月ごろ、当時会長だった安倍氏から「還付はやめよう」と聞いたことも明らかにする一方、記者会見では還流再開への自らの関与は否定していた。
取材に応じる高鳥修一衆院議員=2月21日、衆院第一議員会館【時事通信社】
高鳥氏は臨時総会で「22年4月にいったんキックバックは取りやめる方針になったけど、7月8日に安倍会長は暗殺された。還流を復活した時の決定に会長の意思は入っていないはずだ。つまり、還流復活は会長のいないところで今の幹部が決めたことではないか。自分たちが全く関わっていない、知らなかったという説明は矛盾している」と派閥幹部の説明に疑問を呈した。
また、稲田朋美幹事長代理は22年5月の安倍派の政治資金パーティー開催後、安倍氏から直接「(還流は)やめた」と聞いたこともあり、同派の総会では「安倍会長が亡くなってから、誰がどういう理由で(還流廃止を)覆したのかというのが問題の核心なので、それを明らかにしてほしい」と訴えた。塩谷座長から回答はなかったという。
高鳥氏は2月7日、地元・新潟県上越市で記者会見を開き、自らの政治団体の政治資金収支報告書に、派閥からパーティー券収入のノルマ超過の還流分(2018年から22年まで計544万円)を記載していなかったことを陳謝した上で、道義的責任を取って党県連会長の辞任を表明。安倍派を退会する意向も示した。
高鳥氏も政治資金関係についてはベテランの秘書に対応を一任していた。ノルマ達成の成否を確認したことはあったが、それ以上のことは、今回確認するまで知らなかったという。「監督不行き責任があった。知らなかったではすまない」「けじめをつける必要があり、一から出直したい」などと強調した。
自民党安倍派の幹事会に臨む(左から)塩谷立元文部科学相、松野博一前官房長官、稲田朋美幹事長代理=1月19日、東京・永田町の同党本部【時事通信社】
秘書が派閥事務局からの指示に従ったが、高鳥氏自身の私的流用や関与はなく、東京地検の捜査でも自身への事情聴取は「不要」とされたことを説明した。政治資金関係で秘書に任せ切りだったことへの批判は免れないが、高鳥氏自身は今、「隠し立てすることは何もない」と語っている。一方、安倍派幹部については「正直に話していない。見苦しい」と痛烈に批判している。
裏金事件をめぐっては、いくら岸田首相が説明責任を果たすよう促しても、多くの自民党議員は記者会見さえ開いていない。その理由を高鳥氏に聞くと、こんな答えが返ってきた。
「説明できない人がいるのだ。私も『裏金議員』と言われて、裏金をつくって私腹を肥やしたと見られているが、そんなことはない。裏金を見たことも、触ったことも、使ったこともない。しかし、この制度を悪用した人はいるのだろう。誰も知らなかったとは思わない」
【図解】岸田内閣の支持率推移
2月の報道機関各社の世論調査で岸田内閣の支持率は軒並み内閣発足以来の最低記録を更新した。24年度予算案の衆院通過後、「政治とカネ」をめぐる論議の中心舞台は参院に移る。一方で、政治資金規正法の改正など政治改革をめぐる与野党の協議も今後の焦点だ。しかし、野党案は出そろっても、自民党からはいまだに具体的な改革案が示されず、全く前に進まない。首相も自民党も今回の裏金事件を機に積極的に政治改革に取り組まないと、有権者はますます離反するだろう。(2023年3月2日掲載)