《社説・05.04》:閣議決定の罪 国会の迂回は正当性欠く
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:《社説・05.04》:閣議決定の罪 国会の迂回は正当性欠く
1967年4月21日の衆院決算委員会議事録から引く。
社会党の華山親義氏「憲法の平和思想は国際的な平和の保持によって日本の平和を維持していくのが精神だ。日本で開発、製造された武器が外国に行くのは絶対にやめていただきたい」
佐藤栄作首相「防衛的な武器を輸出してくれと頼まれれば断ることはない」
議論になっていたのは、東大が開発したペンシルロケットをユーゴスラビアなどに輸出したことが実質的に武器輸出に当たるのではないか、との疑惑だ。
佐藤首相はロケットは武器ではないとの認識を示す一方、武器輸出に対する野党の反発を受け止めて、指針の表明に至る。
(1)共産圏諸国(2)国連決議による武器禁輸国(3)紛争当事国―。これらへの武器輸出を認めない。いわゆる「武器輸出三原則」である。
■議論が生みだした
76年には輸送機やヘリコプターなどの輸出促進に政府が前向きな姿勢を示したことに、野党が反発。三木武夫首相が事態収拾のため、三原則の対象以外の地域でも「武器輸出を慎む」とした政府統一見解を明らかにした。
この方針は例外規定を増やしながらも、40年近くにわたって「平和国家の象徴」として、維持されることになる。
注視する必要があるのは、立場を異にする政府と野党が国会で議論を深め、問題点を掘り下げる中で政府が方針を明らかにした、という点である。
政府が輸出を幅広く認める方向へかじを切ったのは2014年4月。安倍晋三内閣による「防衛装備移転三原則」の閣議決定だ。
「平和貢献や日本の安全保障に資する場合」は輸出を認める、と従来方針を大転換した。それなのに諮ったのは自民、公明両党のプロジェクトチームだけだ。
国会の議論の中から生まれた武器禁輸を、与党了承だけで変更する「迂回(うかい)ルート」である。国会軽視はこの後さらに深まり、自民党政権は閣議決定に頼る手法を常態化させていく。
■相次いだ方針転換
安保政策の根本的な転換といえる集団的自衛権行使の容認、東京高検検事長の定年延長、死去した安倍氏の国葬実施―。岸田文雄政権は22年12月には国家安全保障戦略など安保関連の新3文書を閣議決定し、攻撃兵器は持たないとする専守防衛の原則も覆す。敵基地攻撃能力の保有の明記である。
23年12月には防衛装備移転三原則も改定し、かろうじて食い止められてきた殺傷兵器の輸出解禁を閣議決定。英国やイタリアと共同開発する次期戦闘機の第三国輸出は、いったんは先送りされたものの、今年3月に閣議で決めた。
戦闘機輸出の歯止め策に挙げたのは、戦闘機を輸出する際は「与党」の事前審査を経て「閣議決定」するという手順だ。「国会」の姿はここにも見えない。
憲法65条は「行政権は、内閣に属する」と定める。閣議決定は政府内における最高の意思決定であるものの、法律ではない。国会を縛ることはできないし、憲法や法律の枠内である必要がある。
憲法学者には、安保政策の根幹を解釈変更した集団的自衛権行使の容認は、9条の違反との指摘が根強い。この解釈変更を土台に進められた敵基地攻撃能力の保有や武器輸出も同様である。
■民主政治のプロセス
武器輸出については、かつて国会が政府に「足かせ」をはめようとしたことがある。
1981年に国内の商社が砲身の半製品を輸出承認なしに韓国に輸出したことが判明したため、野党が武器輸出禁止法を制定するよう求めた。当時の政府指針の三原則を法制化し、罰則の強化が必要との主張だった。
政府は武器輸出を求める産業界に配慮して法制化を嫌い、代わりに国会決議がなされている。「憲法の理念である平和国家としての立場をふまえ(中略)武器輸出について、厳正かつ慎重な態度をもって実効ある措置を講ずべきだ」という内容だった。殺傷能力のある武器輸出の解禁はこの国会決議にも矛盾している。
学習院大の青井未帆教授(憲法学)は「自民党は与党内で議論すれば足りるという考えで、民主的な政治過程という理解がない」と指摘。「国会で議論することが政策に正当性を与える。議論の過程を議事録に残し、後世で妥当性も検証できる」と強調する。
政府が繰り返してきた手法はまさに論語の「よらしむべし、知らしむべからず」である。人民は従わせればよく、理由や意図を説明する必要はない、との意味だ。政府はこの対象に「国会」すら含めていないか。
問われているのは、憲法に基づく国のかたちを放棄するかのような政治のあり方だ。ないがしろにされているのは民意である。
元稿:信濃毎日新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2024年05月04日 09:30:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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