「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

ニコタマのターザンと落下傘塔

2006-05-15 06:41:58 | Weblog
ニコタマは二子玉川と書く若者言葉である。東京と横浜
川崎を結ぶ田園都市線が開通した昭和40年以降、急速に
変容、発展した町である。

戦後まもなくの頃、僕は当時あった玉川プール(明大
プール)で二夏アルバイトをした。遊園地の奥、川の
土手際にあったこのプールは、昭和5年神宮プールが
出来るまでは「全日本選手権」を何度も開催した名門
プールであった。昭和の初め来日した初代ターザン、ワイズ
ミューラーもここで泳いだ、というのが自慢であった。

このプールからさらに丸子多摩川よりに「落下傘塔」が
まだ残っていた。昭和15年、落下傘部隊要員の訓練と
一般の国防意識の高揚を狙って読売新聞社が遊園地の
道具として建設した。高さ50mほどの塔の上から落下傘
を装具して落下する、というもの。昭和26年、この
「落下傘塔」は身売りされ、平成14年まで江ノ島の展望
燈台として使われていたが、今は解体されてない。

その昔、ニコタマこと二子玉川は清流に屋形舟を浮かべ
鮎料理を楽しむ風流の地だったそうだが、百年の歳月で
今や高層のデパートもある賑やかな街に姿を変えた。