「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

”ムラサキ匂いし”東京 舛添知事のセコさに腹が立つ

2016-06-12 05:06:59 | 2012・1・1
戦前、東京で教育を受けた世代にとっては“ムラサキ匂いし”で始まる東京市民歌(高田耕甫作詞 山田耕作作曲 1926年)は懐かしい。その三番の歌詞「大東京こそわが住むところ 千代田の森の皇居はわれらの誇り 力あわせていざわが友よ 我等の都に輝きあらん」は当時の東京市民の気持ちを現している。僕らは10月10日の「東京市民の日」に学校で合唱したものだ。

東京市と府が廃止され、東京都が発足したのは昭和18年7月だが、昭和1ケタ世代には、いまだに「東京市」への郷愁と誇りがある。江戸を開いた太田道灌時代は”ムラサキ”(6月から7月にかけて武蔵野に咲く白い花)や”ススキ”の穂の原野だったのが、”今やネオン輝く都会”(東京音頭)になった誇りである。学校では”ニューヨーク、ロンドン、東京”が教え込まれた。とくに、僕らの時代は中止された昭和15年東京五輪の前だけにそうだった。

”江戸っ子は五月の鯉の吹き流し”だという。鯉のぼりと同じように腹には贓物がない。口は悪いが他人に恨みは持たないない、という意味である。東京都議会で舛添え知事の”公私混同”疑惑や政治資金の不正使用に対する追及が続いている。知事に対する個人的な恨みから出たものではないが、知事はあまりにも”鈍感”である。僕は”芝で生まれて神田で育った”生粋の江子ではないが、東京市民歌を学校で歌い、盆踊りで東京音頭を踊った世代で東京に誇りを持っている。”我等の都に輝きあらん”と願った世代である。それだけに東京のトップである舛添知事の自分本位のセコさに腹がたち“ムラサキ匂いし”江戸がいとおしくてならない。