昨日の午前、たまたまつけた7NHK.BS番組で、作家山田風太郎の未公開日記を三国連太郎が朗読で紹介する2時間にわたる大作の再放送を見た。山田風太郎(1923-2001年)の「戦中派不戦日記」 は昔、読んだことがあるが、戦後の未公開日記があるのは知らなかった。山田は僕より若干、先輩の戦中派世代だが、彼が戦後60年を如何に生き、観察してきたか、僕自分の生き様と重ね併せ複雑な思いで過去を振り返った。
番組を見て、忘れかけていた1972年の連合赤軍のリンチ事件の時代を想起した。45年も前になるが、僕個人にとっても忘れれない年であった。生まれ故郷の東京から一家をあげ札幌に移住、新会社設立に奔走していた。だから、連合赤軍による浅間山荘事件もテレビの中継で活劇みたいに見ただけ。彼らのリンチ事件も残虐なことをするものだという印象しかなかった。ところが、12人もの犠牲者が出ていたのである。
事件の性格も時代も違うが、僕は座間の9遺体遺棄事件の方が連合赤軍リンチ事件以上にショックを感じている。加齢による感受性の違いかもしれないが、マスコミの報道は視聴に耐えない。山田風太郎のテレビ番組も地上波テレビがどれも座間事件の続報が多いためたまたまGS波に切り替えたため視聴出来た。
老妻も僕と同じ気持ちのようで、座間事件の番組になると、テレビのチャンネルを切り替える。新聞はの大きな活字の記事も読まない。被害者がまだ一人しか特定されていないから、マスコミは当分、座間事件之報道を続けるだろうが、あまり、微に入り,細に言っての犯行の手口などは報道すべきではない。
番組を見て、忘れかけていた1972年の連合赤軍のリンチ事件の時代を想起した。45年も前になるが、僕個人にとっても忘れれない年であった。生まれ故郷の東京から一家をあげ札幌に移住、新会社設立に奔走していた。だから、連合赤軍による浅間山荘事件もテレビの中継で活劇みたいに見ただけ。彼らのリンチ事件も残虐なことをするものだという印象しかなかった。ところが、12人もの犠牲者が出ていたのである。
事件の性格も時代も違うが、僕は座間の9遺体遺棄事件の方が連合赤軍リンチ事件以上にショックを感じている。加齢による感受性の違いかもしれないが、マスコミの報道は視聴に耐えない。山田風太郎のテレビ番組も地上波テレビがどれも座間事件の続報が多いためたまたまGS波に切り替えたため視聴出来た。
老妻も僕と同じ気持ちのようで、座間事件の番組になると、テレビのチャンネルを切り替える。新聞はの大きな活字の記事も読まない。被害者がまだ一人しか特定されていないから、マスコミは当分、座間事件之報道を続けるだろうが、あまり、微に入り,細に言っての犯行の手口などは報道すべきではない。