「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

"覇気”も”熱意”も感じられない国会論戦

2017-11-21 07:20:56 | 2012・1・1
昨日、テレビで国会の代表質問を所どころだが"拾い見”した。衆院選挙後の安倍総理の所信演説を受けての初の代表質問だけに論戦を期待していたが、旧態依然でがっかりした。そのトップを切って立憲民主党の枝野幸男代表が質問に立ったが”覇気がない”と安倍総理の所信演説を批判していたが、僕に言わせれば、枝野質問も声だけは”覇気”はあったが、内容は具体性にかける持論の”真っ当な政治”の繰り返しで内容は空っぽ、”覇気”は感じなかった。

小池百合子都知事と前原誠司元民進党代表の”落とし子”みたいな玉木雄一郎希望の党代表の質問も、代表が安倍総理演説を”熱意がない”と批判していたが、それ以上に”熱意がある”とは思えず総花的な問題の羅列にすぎなかった。小池知事から排除されなかったグル―プだけに、安保体制、憲法改正などの点に多少、排除組との間に相違はあったのがプラスといえばプラスだが。

問題は安倍総理所信演説に対する国民の評価である。ネット世論調査によると、演説内容に80点以上の合格点をつけたのは26.2%、逆にゼロ点評価が50.1%もいることだ。国民の半数以上が安倍内閣の施政に反対していることだ。野党の国会質問が”覇気”がないとか”熱意”が感じられないといっても、総理自身の答弁も同じである。

対外的には北朝鮮問題に直面し、国内的には急速な少子高齢化という”国難”をどうするか、大変な時期だが、ここはやはり、長期政権の安倍総理に期待しなくてはならない。2011年、東日本大震災後の民主党政権下の菅内閣の官房長官だった枝野代表の顏が、どうしても、申し訳ないが目に浮かんでしまう。

お歳暮の季節 91歳先輩からの暖かい贈り物

2017-11-20 05:26:28 | 2012・1・1
昨日、91歳の先輩から三越の包装紙に包まれたお歳暮が早々と届いた。先輩はお歳暮ではなく、小ブログを読まさせて頂くお礼の粗品であると言われているが、江戸っ子らしい、その暖かい心配りが嬉しい。粗品は先輩が現役時代勤めておられた三越伊勢丹フード製造のカレーのルーの詰め合わせである。僕はインドネシアを中心に50回以上、南の国々を旅しており、カレーについては一家言あるのだが、このカレーのルーはお世辞抜きに美味しい。

お歳暮はもともとの意は文字通り歳の暮だったそうだが、今では転意して一年の終りに、その年お世話になった方に感謝をこめて贈り物をする習慣を指すようになった。年金生活に入ってすでに四分の一世紀、社会との接触は薄くなり、お歳暮を贈ったり、頂く数も少なくなってきたが、それでも、この時期になるとデパートなどからオンライン.システムで買えるお歳暮のカタログが贈られてきて、お歳暮の季節感を感じる。

宅急便など便利なものがなかった戦前昭和の時代には、お歳暮はわざわざ贈り先まで届けに行ったものだ。僕の子供の頃の記憶の中にも母親に連れられて地下鉄で日本橋の三越本店まで行き、お歳暮の品を選んで知り合いの家に届けて回った想い出がある。戦前、デパートは高級品を扱うシンボル的存在であった。デパート独特の化粧品売り場からくるあの芳匂は今でも忘れられない。加齢と共にデパートへ行く機会も少なくなった僕ら夫婦にとっては、何より便利で有り難い贈り物だ。

酒は”気ちがい水”か”百薬の長”か

2017-11-19 05:28:12 | 2012・1・1
酒は”気ちがい水”と言い、昔から飲み方について、”飲むとも吞まれるな””飲むべし飲むべからず”といった戒めの諺がある。その一方、”百薬の長”とか”憂いの玉箒(ほうき)といった讃辞の言葉もある。80歳半ば過ぎまで、こうして元気でおられる僕は自分では”百薬の長”だと勝手に思っているが、やはり何回も”呑まれた"失敗があり、忸怩たるものがある。

横綱日馬富士が巡業先の鳥取で、モンゴル出身力士仲間の宴席で幕内貴ノ岩の頭をビールビンで殴りケガをさせたとして、貴ノ岩が所属する貴乃花部屋からの告訴を受けて警察が任意で横綱を調べている。相撲協会も事件から1か月近く経ってやっと「危機管理委員会」を開き、真相を調査するようだが、横綱自身、酒の上で貴ノ岩を殴ったことは認めており、もっと早く内々で解決できなかったのだろうか。

日本の社会では昔から酒の上の不祥事について寛容なところがる。今は多少改まってきたが、酒のみのマナーも悪かった。戦後昭和30年代頃までは盛り場で酔っ払いがたむろし、平気で立小便をしたり”小間物店”を店開きしていた。昔の仲間の一人が泥酔したあげく知り合いの女性宅で、女性が殺されていたのも解からずに遺体の横で一夜を明かしたのもこの時代であった。彼の場合、犯罪を犯したのではないが、完全に酒に呑まれたうえでの不祥事であった。

日馬富士の場合、協会は警察の調べの結果を待って処分を発表するようだが、横綱にとって酒は大きな”お灸”になってしまった。酒飲みの僕から見れば、彼の暴行を許すわけではないが、反省しきりの横綱である。寛容な処分を期待したい。それよりも協会内部の「危機管理」は大丈夫なのか。

山茶花(さざんか)霜が懐かしい

2017-11-18 06:17:51 | 2012・1・1
首都圏は昨日、所によっては初霜を記録する今年一番の寒さであった。二階のベランダから見おろすわが家の庭の山茶花の花がいつのまにか咲き始めてていた。(写真)色彩感の薄い、この季節ひときわ目を楽しませてくれる。

山茶花といえば、僕ら昭和1ケタ世代にとって童謡唱歌「たき火」(昭和16年 作詩 巽聖歌 作曲 渡辺茂)が懐かしい.”山茶花 山茶花咲いた道””垣根の垣根の曲がり角””しもやけお手々がかゆい”-この歌の所どころのフレーズには、当時まだ残っていた武蔵野の面影の東京が感ぜられる。

当時、僕は省線(JR)五反田駅近くの目黒川沿いに住んでいたが、高層建物は駅前の三階建の「白木屋」(東急)しかなく、家から学校へ行く通学路は舗装されていなかった。僕らはサクサクとわざわざ靴で霜を踏みながら通学した。家々に備えつけてあった「防火用水」には薄氷が張っていた。山手線の踏切をわたって土手を降りると、学校の正面横には山茶花の赤い花が咲いていた。戦争が始まる前の昭和のひとときがあった。今は母校もないし、霜を見ることもなくなった。

公益財団法人日本相撲協会のガバナンス

2017-11-17 05:29:52 | 2012・1・1
横綱日馬富士の暴行事件についての公益財団法人日本相撲協会のガバナンスは、一体どうなっているのか。伝統国技の普及、保存という公益の財団法人である。だから政府の官房長官まで記者会見で、この事件に触れ、直接、事件に無関係な横綱白鵬まで暴行現場にに同席したというだけで謝罪しているのに、肝心大元の八角理事長は”事件は警察が調査中”として口をつぐんでる。

事件は社会の常識からいって"おかしな"ことばかりだ。事件は今場所前の鳥取巡業中の出来事だ。相撲協会の組織からいけば、責任は巡業部長の貴乃花親方にあるが、その親方は自分の部屋の貴ノ岩が暴行の被害者だからか?、協会へは報告せず、鳥取警察に届けている。マスコミ報道によると、協会は警察からの知らせで、初めて事件を知ったという。事件で頭に二週間のケガをしたはずの貴の岩が事件の翌日、巡業の場所の土俵に上っているのもおかしい。

さらに、おかしいのは日馬富士が部屋の伊勢が浜親方と一緒に貴乃花部屋に謝罪に出かけたのに、貴乃花親方は何故会おうとしなかったのか。(テレビの画面から、視聴者にはそのように見える)どうも、僕らから見ても、事件は横綱日馬富士が酔っぱらって、貴ノ岩を殴っただけではなく。背後に協会内部の”おかしな”勢力争いみたいなものがあるにみえてならない。春日野広報部長が、白鵬の謝罪発言に苦言を呈しているが、これもガバナンスの欠如の現われだ。

”過ちを改めざる、これを過ちという格言がある。天下の横綱が酒の上とはいえ、暴力を振るったのは事実である。警察の捜査を待っとはいわず、即刻協会は謝罪するのが本筋である。

マスコミの無礼 老人ホーム殺人事件被害者の個人情報

2017-11-16 06:05:06 | 2012・1・1
東京中野の有料老人ホームで83歳の男性入居者が介護者によって浴槽の中で溺死させられた。あまりにも、こういった事件が多すぎる。被害者とほぼ同年齢、要介護1、身障者手帳4の認定を受けている僕にとっては他人事とは思えない。しかも、この施設は案内のHPによると、入居費980万円、月利用料22万6千円もする施設なのである。

この事件で僕が不愉快に感じたのは、事件の被害者について、テレビや新聞が写真までだ出して報道していることだ。亡くなられた方は難病で手足が不自由で日常的に介護が必要であった。多分、シモの世話も自分で出来なかったに違いない。だからこそ、高額な費用を払い施設に入居していたのだ。多分、人間の尊厳にかかわる問題を他人の世話になることに、ご本人は忸怩たるものがあった違いない。

それなのに、マスコミは事件そのものに無関係の個人情報を”暴き”出すかのように書いている。個人が生前、大学付属の中高一貫校の校長をされていたことや、人格者で、敬虔なクリスチャンであったことなど事件にはあまり関係ないことだ。

先日の座間遺体遺棄事件の時もそうだったが、マスコミは九人の犠牲者の写真を一斉に発表した。被害者の家族、関係者にとってはやりきれないことだ。さすがに、マスコミ内部からも、昔からのこの慣行に批判が出ているようだが、難病のため、無念な最後を遂げられた、この方の写真を見て、マスコミの個人情報の無礼な扱い方について、改めて一考すべきだと思った。

日馬富士は即刻横綱辞任を

2017-11-15 05:43:47 | 2012・1・1
横綱日馬富士が場所前のモンゴル出身力士の親睦会の席で、酔っ払って幕内貴の岩の頭をビールビンで殴りけがをさせた。日馬富士は今場所初日、二日目と連敗していたが、この事件が表にでた三日目、膝のケガを理由に欠場した。”品格、力量すぐれて”横綱に推挙されたのである。日馬富士は即刻、横綱を辞めるべきである。辞めなければ、相撲協会は解任するのが当然だ。

7年前の平成10年1月場所でモンゴルの先輩横綱、朝青竜がやはり酒を飲みすぎて、知人に暴力をふるい、横綱審議会から引退勧告を受けて辞任した前例がある。初代横綱明石志賀の助から72代横綱稀勢の里までの歴代横綱で、酒の上の不祥事は、モンゴル出身のこの二人だけある。かって戦後初の横綱前田山は、ケガで場所を欠場中、日米野球を観覧したという理由で横綱を辞めさせられた。また60代横綱双羽黒は、チャンコをめぐるいさかいで、親方とケンカとなり部屋を飛出し横綱の座を去っている。こういった例はあるが酒の上での不祥事はモンゴル力士以外にはない。

横綱の権威といえば、やはりモンゴルの鶴竜の方が問題ではないだろうか。今年になって六場所中四場所、ケガで欠場、2014年5月横綱に昇進してから五年で九場所も休んでいる。前代未聞である。にも拘らず、横綱審議会から何も問題が提議されていない。今回の日馬富士の不祥事についても”厳酷な処分を”すべきである、事件は貴の岩の属する貴の花部屋から警察に事件として訴えも出ている。”厳格の処分を”ではなくて協会に対して、即刻解任すべきと勧告すべきだ。

喪中葉書の季節と人の一生

2017-11-14 05:13:34 | 2012・1・1
今年もあと50日、”喪中につき欠礼”の葉書が届く季節になった。高齢になったかであろう。ここ数年、その数が多くなってきた。故人が関係者の遠縁の時はそれほどでもないが、直接、知人友人本人で、ご遺族からの通知の場合はショックである。昨日も中学時代机を共にしたA君が87歳で亡くなられた。それも亡くなられたのは、つい最近、今年の10月末なのだ。

A君は戦時中の昭和19年11月24日、大型機(B-29)による初の白昼空襲で投下された爆弾で九死に一生の体験をされている。当時学校では、警戒警報が出ると、生徒を帰宅させる規則になっていた。A君は昼過ぎ、警報とともに、学校から自宅のある池上線の洗足池まで帰宅しようとして、沿線の桐ケ谷駅(廃駅)前まで歩いてきて空襲にあった。住民の”退避、退避”の声で、無理やり防空壕に押し込まれた瞬間、傍に落ちた爆弾で壕が崩れてしまった。もしも直撃弾だったら,あたら若い命を落とすところであった。

戦中戦後の過酷な時代をお互いによく生きてきたものだ。最近、昔の会の世話役を幾つかおおせ使ったが、いつのまにか周囲から友人知人が消えていってしまったことだ。それも寂しいのは何時亡くなられたかのか、遺族から返事がないことだ。葬儀の簡素化は理解できるが、人の生きてきた一生である。せめて死亡したときぐらい通知してもらいたい。その意味では”喪中につき欠礼”は、いろんな意味で最低最後の通知手段なのかもしれない。合掌。

常円寺の月遅れのお会式

2017-11-13 06:04:50 | 2012・1・1
昨夜わが家から歩いて10分ほどのの地にある日蓮宗の古刹、小杉山常円寺で月遅れのお会式があり、老妻が娘と一緒に見学方がら参拝してきた。お会式は日蓮宗の開祖、日蓮上人が弘安5年(1289年)池上(東京)で亡くなられた大法会(お祭り)で、毎年10月12日、大本山の池上本門寺で行われるが、池上に近い末寺の常円寺では11月20日に実施される。

昭和の初めまで、この辺りは荏原郡衾(ふすま)村といって江戸の近村の名残が残っていた。本門寺に遠慮したのかどうかは知らないが、毎年月遅れで行われる常円寺のお会式は、昔から近隣では、それなりに賑やかであった。陽が沈むと、近在から万灯講の善男善女が万灯をかざし、太鼓を叩いてお寺に集まってくる。

昔からの言い伝えで、常円寺のお会式が来ると冬が来るといい、わが家でも炬燵を出すメドにしていたが、暖冬異変なのだろうか、近年はまだ温かい日が多い。常円寺境内の大銀杏はまだそれほど、落葉が進んでいなかったようだ。夜間なので、僕は参拝せず、老妻にあれこれ色々ブログ用の写真の構図を注文し、大銀杏をバックに万灯の集合の写真を頼んだのだが、ここにお見せ出来ないの残念である。

反日親韓を煽るインドドネシアの英字紙

2017-11-12 06:22:12 | 2012・1・1
韓国の文在寅大統領が先日、ベトナムのAPEC首脳会議出席に先立ちインドネシアを訪問している。わが国と直接関係ないので日本のマスコミはほとんど報道していないが、ジャカルタで発行されている英字紙「Jakarta Post」は4面全部を、韓国特集に使い、”インドネシアを捨てた日本企業と題する社説の中で、韓国が如何にインドネシアの発展に貢献している旨の論調を展開している。20年前の1997年、アジアを襲った通貨危機の際、日本企業は早々と中国に移転したが、韓国はサムソンなど大手企業は韓国にとどまり、インドネシアの発展に貢献したかというのである。

インドネシアでは通貨危機のことを「KRISMON」と呼んでいるが、僕はその最中、インドネシアのメダンに長期滞在していたが、日本企業が一斉に中国にシフトしたという記憶はない。スマトラの山火事で、街中をマスクをして歩いたのは覚えているが。日本の全面的協力で進められていたアサハン.アルミニュム.プロジェクトは、計画どおり進み、完成に近づいていた。

「Jakarta Post」の”反日”姿勢は今に始まった事ではない。2003年のスマトラ大地震の後、日本から自衛隊が国際緊急支援の一翼を担って現地に派遣された。この時も偶然、ジャカルタに滞在していたが、「Jakarta Post」の記事をみて、びっくり仰天したの覚えている。確か”日の丸の悪夢、もう一度”というものであった。英語がそれほど普及していない、インドネシアであり、部数も限られているとはいうものの、不快極まりない。