★★たそがれジョージの些事彩彩★★

時の過ぎゆくままに忘れ去られていく日々の些事を、気の向くままに記しています。

時間、速さ、距離

2024年01月12日 08時40分15秒 | 徒然(つれづれ)
 時間というものは不思議なものだ。
 人の感じ方により、速くなったり遅くなったりする。

 若い時には遅く感じられ、歳をとると速く感じられる。
 また、歳をとるということは、時間が流れている証左とする説もある。

 過去から現在、未来へと一方通行に流れているというが、誰もまだそれを証明できていない。
 それどころか時間そのものの存在さえ、明らかになっていないのだ。

 今あるのは、時間という概念だけだ。
 その概念を基準として、速度という概念が生まれた。
 1時間に80km走るので時速80kmだ、とか言うが、それは時間でも距離でもなく、速さなのだ。

 実際に1時間かけて80km走るということではなく、走っている時に体感する速さなのだ。
 人によってその体感速度はさまざまだろう。
 同じ時速80kmでも、子供なら、速いと感じ、いつも仕事で高速を使う人間なら、こんなもんかと感じ、F1ドライバーだと遅く感じるだろう。
 まさに時間の感じ方と同じで、それもまた実態がない。
 
 宇宙の星間距離の単位に光年というのがある。
 光が1年かけて進む距離だ。

 距離の単位kmで表すと、膨大な数字の羅列になってしまうので、便宜上、光年としているのだろう。
 しかし、距離の単位なのに、年という時間の単位で表すのも違和感がある。

 時間という概念がなければ、速さも長さも、これより速い(遅い)、これより長い(短い)という、相対的な概念でしかなかっただろう。
 速さや長さは時間や単位という概念あってこそのものだ。
 もしかしたら、アインシュタインの相対性理論の原点は、ここにあるのかもしれない。

 しかし、実生活においては、時間も速度も距離も、相対的な、もっと言えば、曖昧なものとしてとらえられている。
 極論すれば、時間も速度も距離も、目に見えないし、存在しないのだ。
 もっとトンデモな解釈をすれば、そんな概念の基に成り立っている、この世界自体がバーチャル・リアリティなのかもしれない。


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