時間というものは不思議なものだ。
人の感じ方により、速くなったり遅くなったりする。
若い時には遅く感じられ、歳をとると速く感じられる。
また、歳をとるということは、時間が流れている証左とする説もある。
過去から現在、未来へと一方通行に流れているというが、誰もまだそれを証明できていない。
それどころか時間そのものの存在さえ、明らかになっていないのだ。
今あるのは、時間という概念だけだ。
その概念を基準として、速度という概念が生まれた。
1時間に80km走るので時速80kmだ、とか言うが、それは時間でも距離でもなく、速さなのだ。
実際に1時間かけて80km走るということではなく、走っている時に体感する速さなのだ。
人によってその体感速度はさまざまだろう。
同じ時速80kmでも、子供なら、速いと感じ、いつも仕事で高速を使う人間なら、こんなもんかと感じ、F1ドライバーだと遅く感じるだろう。
まさに時間の感じ方と同じで、それもまた実態がない。
宇宙の星間距離の単位に光年というのがある。
光が1年かけて進む距離だ。
距離の単位kmで表すと、膨大な数字の羅列になってしまうので、便宜上、光年としているのだろう。
しかし、距離の単位なのに、年という時間の単位で表すのも違和感がある。
時間という概念がなければ、速さも長さも、これより速い(遅い)、これより長い(短い)という、相対的な概念でしかなかっただろう。
速さや長さは時間や単位という概念あってこそのものだ。
もしかしたら、アインシュタインの相対性理論の原点は、ここにあるのかもしれない。
しかし、実生活においては、時間も速度も距離も、相対的な、もっと言えば、曖昧なものとしてとらえられている。
極論すれば、時間も速度も距離も、目に見えないし、存在しないのだ。
もっとトンデモな解釈をすれば、そんな概念の基に成り立っている、この世界自体がバーチャル・リアリティなのかもしれない。
人の感じ方により、速くなったり遅くなったりする。
若い時には遅く感じられ、歳をとると速く感じられる。
また、歳をとるということは、時間が流れている証左とする説もある。
過去から現在、未来へと一方通行に流れているというが、誰もまだそれを証明できていない。
それどころか時間そのものの存在さえ、明らかになっていないのだ。
今あるのは、時間という概念だけだ。
その概念を基準として、速度という概念が生まれた。
1時間に80km走るので時速80kmだ、とか言うが、それは時間でも距離でもなく、速さなのだ。
実際に1時間かけて80km走るということではなく、走っている時に体感する速さなのだ。
人によってその体感速度はさまざまだろう。
同じ時速80kmでも、子供なら、速いと感じ、いつも仕事で高速を使う人間なら、こんなもんかと感じ、F1ドライバーだと遅く感じるだろう。
まさに時間の感じ方と同じで、それもまた実態がない。
宇宙の星間距離の単位に光年というのがある。
光が1年かけて進む距離だ。
距離の単位kmで表すと、膨大な数字の羅列になってしまうので、便宜上、光年としているのだろう。
しかし、距離の単位なのに、年という時間の単位で表すのも違和感がある。
時間という概念がなければ、速さも長さも、これより速い(遅い)、これより長い(短い)という、相対的な概念でしかなかっただろう。
速さや長さは時間や単位という概念あってこそのものだ。
もしかしたら、アインシュタインの相対性理論の原点は、ここにあるのかもしれない。
しかし、実生活においては、時間も速度も距離も、相対的な、もっと言えば、曖昧なものとしてとらえられている。
極論すれば、時間も速度も距離も、目に見えないし、存在しないのだ。
もっとトンデモな解釈をすれば、そんな概念の基に成り立っている、この世界自体がバーチャル・リアリティなのかもしれない。
ビートルズのジョージ、ストーンズのキース。どちらもヘタウマギタリストだ。キースに至っては、歳をとってその素人顔負けのヘタさに磨きがかかってきた。しかしそのサウンドには、他のギタリストには出せない独特な味わいがある。 そんな味わいの小説を、Amazon Kindle Storeに30数冊アップしています。★★ 拙著電子書籍ラインナップ・ここから買えます。
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