デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

シナトラの名唱の陰にエヴァ・ガードナーあり

2014-12-21 08:57:12 | Weblog
 アーノルド・ショー著「シナトラ 20世紀のエンターテイナー」(早川書房)に、シナトラの音楽会社のボス、ベン・バートンの回想が記されている。「フランクはのっていた。すごく興奮していて、一回の吹き込みしかできなかった。だが、その吹き込みはすばらしかった。とり直す必要はなかった」と。また、批評家ジョージ・サイモンは、その曲を、「シナトラが録音したもののうち最も感動的」と評した、とも書かれている。

 その曲とは1951年に録音された「I'm Fool To Want You」だ。ジョエル・S・ヘロンが作曲し、ジャック・ウルフが作詞した曲を、バートンがシナトラのために見付けてきたものだった。その歌詞にシナトラが、歌いやすいように手を加えているのでシナトラも作者のひとりとしてクレジットされている。当時、シナトラは妻のナンシーと離婚して、ハリウッド一の美人女優であるエヴァ・ガードナーと結婚しようとしていた。当然、世間の風当たりは強い。そんな時期に録音すると大物シンガーでも揺れ動く心模様が反映されるようだ。スキャンダルの渦中にいる自分の愚かさを遠くから見ているような詞は、その暗く悲しいメロディーと相俟って胸を打つ。

 多くのシンガーがこの切ない恋心を歌っているが、一風変わった表現をしているのはシーラ・ジョーダンだ。デューク・ジョーダンの元夫人で、日本に紹介されたころは、「シェイラ」とカタカナ表記されていた。「Portrait of Sheila」は、そのシェイラのデビュー作で、ブルーノート・レーベルには珍しいヴォーカル・アルバムだ。ギターのバリー・ガルブレイス、ベースのスティーブ・スワロウ、ドラムのデンジル・ベストをバックに歌っているのだが、声を楽器のように扱う独特な歌唱なので、ホーンが入っているような錯覚を覚える。ヴォーカルというよりジャズ作品といった方が正しいだろうか。

 シナトラはこの曲を57年に再録音しているが、エド・オブライエンは著書「Sinatra 101: 101 best recordings」で、「57年にゴードン・ジェンキンスの緻密なアレンジで見事に歌っているが、51年盤の生々しく苦悶する情感が欠けている」と評している。51年盤の録音は3月27日、離婚は5月29日、エヴァとの結婚は11月7日。エヴァの存在がこの名唱を生んだのだろう。
コメント (13)
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