コタツ評論

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弔辞

2022-07-14 22:33:00 | ノンジャンル
福島第一原発事故では、舌鋒鋭く国と東電の責任に迫った、元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんのこの文章は、一種の追悼文ではないかと思います。

https://www.go.tvm.ne.jp/~koide/Hiroaki/remark/%E3%82%A2%E3%83%99%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E6%AD%BB.pdf

悼まれているのは、「アベさん」と表記されているように、安倍元首相ではないでしょう。では誰なのか、何なのか。

学者研究者の文章ではないのはもちろんですが、プロの物書きのそれでもありません。プロでありながら、しかしアマチュアとして書く、というのでもありません。

日記や手紙文、あるいは遺書など、限られた用途において書く場合、プロの物書きであっても、読み手に伝わるようにただ率直に書かねばなりません。

そう考えると、これは弔辞ではないかとも思えます。では、誰に何に対しての弔辞なのか。

政府は、今秋、安倍元首相の国葬を執り行うと発表しました。

アベさんが銃撃を受けて死んだ。悲しくはない。

アベさんは私が最も嫌う、少なくとも片手で数えられる5人に入る人だった。アベさんがやったことは特定秘密保護法制定、集団的自衛権を認めた戦争法制定、共謀罪創設、フクシマ事故を忘れさせるための東京オリンピック誘致、そしてさらに憲法改悪まで進めようとしていた。

彼のしたこと、しようとしてきたことはただただカネ儲け、戦争ができる国への道づくりだった。アベさんは弱い立場の国・人達に対しては居丈高になり、強い国・人達に対してはとことん卑屈になる最低の人だった。

朝鮮を徹底的にバッシングし、トランプさんにはこびへつらって、彼の言いなりに膨大な武器を購入した。彼は息をするかのように嘘をついた。森友学園、加計学園、桜を観る会、アベノマスク…彼とその取り巻きの利権集団で、国民のカネを、あたかも自分のカネでもあるかのように使い放題にした。

それがばれそうになると、丸ごと抱え込んだ官僚組織を使って証拠の隠ぺい、改ざん、廃棄をして自分の罪を逃れた。その中で、自死を強いられる人まで出たが、彼は何の責任も取らないまま逃げおおせた。私は彼の悪行を一つひとつ明らかにし、処罰したいと思ってきた。

私は一人ひとりの人間は、他にかけがえのないその人であり、殺していい命も、殺されていい命も、一つとして存在していないと公言してきた。アベさんにはこれ以上の悪行を積む前に死んでほしいとは思ったが、殺していいとは思っていなかった。

悪行についての責任を取らせることができないまま彼が殺されてしまったことをむしろ残念に思う。多くの人が「民主主義社会では許されない蛮行」と言うが、私はその意見に与しない。

すべての行為、出来事は歴史の大河の中で生まれる。歴史と切り離して、個々の行為を評価することはもともと誤っている。

そもそも日本というこの国が民主主義的であると本気で思っている人がいるとすれば、それこそ不思議である。国民、特に若い人たちを貧困に落とし、政治に関して考える力すら奪った。

民主主義の根幹は選挙だなどと言いながら、自分に都合のいい小選挙区制を敷き、どんなに低投票率であっても、選挙に勝てば後は好き放題。国民の血税をあたかも自分のカネでもあるかのように、自分と身内にばらまいた。

原子力など、どれほどの血税をつぎ込んで無駄にしたか考えるだけでもばかばかしい。日本で作られた57基の原発は全て自由民主党が政権をとっている時に安全だと言って認可された。もちろん福島第一原発だって、安全だとして認可された。

その福島原発が事故を起こし、膨大な被害と被害者が出、事故後11年経った今も「原子力緊急事態宣言」が解除できないまま被害者たちが苦難にあえいでいる。それでも、アベさんを含め自民党の誰一人として、そして自民党を支えて原発を推進してきた官僚たちも誰一人として責任を取らない。

もちろん裁判所すら原発を許してきた国の組織であり、その裁判所は国の責任を認めないし、東京電力の会長・社長以下の責任も認めない。どんな悲惨な事故を起こしても誰も責任を取らずに済むということをフクシマ事故から学んだ彼らはこれからもまた原子力を推進すると言っている。

さらに、これからは軍事費を倍増させ、日本を戦争ができる国にしようとする。愚かな国民には愚かな政府。それが民主主義であるというのであれば、そうかもしれない。しかしそれなら、虐げられた人々、抑圧された人々の悲しみはいつの日か爆発する。

今回アベさんを銃撃した人の思いは分からない。でも、何度も言うが、はじめから「許しがたい蛮行」として非難する意見には私は与さない。

心配なことは、投票日を目前にした参議院選挙に、アベさんが可哀想とかいう意見が反映されてしまわないかということだ。さらに、今回の出来事を理由に、治安維持法、共謀罪などがこれまで以上に強化され、この国がますます非民主主義的で息苦しい国にされてしまうのではないかと私は危惧する。

(終わり)

昨日、東京地裁は、原発事故の株主代表訴訟において、「東電旧経営陣4人に13兆円の賠償命令を出した」ので、「その裁判所は(略)、東京電力の会長・社長以下の責任も認めない」以外は、すべて公知か事実に即して書かれています。

「多くの人が「民主主義社会では許されない蛮行」と言うが、私はその意見に与しない」と言い切る勇気に敬服しました。原子力専門家などというすべての肩書を離れて、一個人・小出裕章の言明であると読みました。

ネット以外のメディアや世間では、上記のような過誤は見過ごされ、賞賛がますます盛んになっていくでしょう。やがて、「毀誉褒貶が相半ばして」という落とし所を得るはずです。

(止め)






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能年玲奈、最高だな

2022-07-03 06:05:00 | ノンジャンル
映画『さかなのこ』本編映像【さかなクン&鈴木拓出演シーン】【9月1日(木)ロードショー】


NHK朝の連ドラの名作「あまちゃん」で国民的人気を博しながら、所属芸能プロとの軋轢により、そのキャリアを潰されそうになった、あの「能年玲奈」が帰ってきました。

監督脚本は、当ブログでも激賞した傑作「横道世之介」を撮った沖田修一・前田司郎コンビ。「普通の人の人生を描く」という日本映画の伝統にして真骨頂に、新たな名作が加わりました。

共演は、「今回共演させて頂き改めて、のんさん最高だな」と「改めて」に友情を込めた柳楽優弥をはじめ、夏帆、三宅弘城、井川遥、豊原功補、鈴木拓など個性豊かな俳優陣が脇を固めています。

ちなみに、お笑いコンビのドランクドラゴンの鈴木拓は、原作のさかなクンの中学・高校の同級生であり、さかなクンをあたたかく見守る教師役として、ほんとうの友情出演となりました。

そう、この映画のモチーフは、おさかな博士となる「さかなクン」の半生を辿るなかで、家族を含めた群像が織りなす「友情」の物語といえるでしょう。

愛といい、恋と呼ぶも、なべて友情である、そうあるべきだ、というのがこの映画の主題です。

9月1日公開予定ですから、もちろん、まだ観ていません。観ていませんが、きっとこんな映画です。観ましょう。

(敬称略)
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星ひとつゆく

2022-06-25 21:32:00 | ノンジャンル
小田嶋隆が亡くなった。まだ、65歳だ。病名はわからないが、近年、入退院を繰り返していた。「反権力の立場から鋭い社会批評」と各紙は伝えるが、「親権力や半権力の立場から眠たい社会批評」に胡坐をかくか、結局は「お涙ちょうだいの人間ドラマ」に逃げているマスコミを痛撃した人でもあった。

ナンシー関が死んだとき、ライブハウスで催された若い衆の集まりでスピーチを求められ、「骨身を削ってとは反対に、TVの前に座り続けて太るに任せた、きわめて優れたTV批評家でありジャーナリストが若くして亡くなりました」と話しているうちに込み上げ、絶句したのには我ながら驚いたことがありました。

ナンシー関も小田嶋隆も私より年下ですが、三島由紀夫や野坂昭如と同様に敬称を略すほど、敬意を払うべき人でした。個人的には、この二人は、「フリーライターの星」と思っています。

小田嶋隆は日銭を稼ぐフリーライターでありながら、ツイッターをはじめてからは、いわゆる「ネトウヨ」や「冷笑リベ」などの相手を辛抱強く続けました。アル中(本人弁)になるほど繊細な人が、泥沼から手を伸ばすゾンビのような人々に反駁し、皮肉し、注意し続け、傷ついたのは、やはり彼の人間への優しさの成せる業だったのでしょう。

「自称コラムニスト プゲラ」といった類いの嘲笑や罵詈雑言に切り返しながら、「職業としてのフリーライター」を疑い続け、しかし、「職を投げうってライターをしている」と真面目に開き直る一文もあった。

言わずもがなであるが、社員食堂で飯を食っているような奴にライターがいるかよ。瓶底のような眼鏡をかけて「深海魚」(デーブスペクターのナンシー関評)のような姿形であろうと、30代にしてアル中になるような生き辛さを抱えていようと、タダ飯タダ酒に手を出さず、社員割引も利用せず、身銭を切ってポテチを買い、アルコールに浸ってきたのだ。

ナンシー関はあらゆる身体に悪いものばかりを摂取して死んだ。小田嶋隆はアル中から禁酒して死んだ。やはり、小田嶋隆は少し長生きしたナンシー関だったのかもしれない。こういう場合、米語には便利な言葉がある。彼らはグレートだった。

THE BLUE HEARTS - 青空 (Blue Sky) LIVE NHK TV [ENG SUB]


(止め)
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私たちが知らないアメリカ

2022-05-31 23:12:00 | ノンジャンル
誤記ではありません。

https://www.newsweek.com/most-china-call-their-nation-democracy-most-us-say-america-isnt-1711176

この調査結果は、デンマークに本拠を置くAlliance of Democracies Foundationとドイツに本拠を置くデータトラッキング会社Latanaが発表した新しい研究の一部である。月曜日に発表された年次民主主義認識指数の最新版の一部であるこの調査は、今年3月30日から5月10日の間に調査された、中国や米国を含む53カ国・地域の52,785人の回答者の民主主義に関する世論を探るものである。

自国が民主主義国家であると思うか」という質問に対しては、中国がトップで、約83%が共産党が主導する人民共和国が民主主義国家であると回答した。また、91%が「民主主義は自分にとって重要である」と回答している。

しかし、民主主義の世界的な旗手として自らを売り込んでいる米国では、自国が民主主義国家であると答えた人はわずか49%だった。そして、4分の3強の76%が民主主義は重要だと回答している。
(deepL翻訳)

じつに意外な回答結果ですが、「アメリカの都市ではよくある光景」という次の動画を見ると、当然の回答という気もします。

[話題] アメリカの現状について。


欧米人が来日して、「日本はなんて清潔!」「道端にゴミがない!」と感嘆する「日本スゴイ!」動画が多いのですが、この動画を見るとそういうわけかとわかります。ホームレスやドラッグ、アルコール中毒者、精神的な病いを患っている人々が「ゴミ」なのですね。

また、飽きもせずゾンビ映画が繰り返し作られているのは、ゾンビの群れが現実そのもの、日常だからなのですね。ホラーやファンタジーではまったくなく、あるいは、暴徒や蜂起、パンデミックなどのメタファーでもなかったのです。

(止め)
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褒めるについて

2022-05-26 00:00:00 | ノンジャンル
夏井いつき先生の「プレパト」という芸能人参加の俳句コンテスト番組をときどき視ている。wikiによれば、なかなか波乱万丈の人生らしい夏井先生の歯に衣着せぬ「査定」が評判である。

梅沢富美男・東国原英夫「名人」への「毒舌」が名物だが、最大の売りはやはりその「絶賛」や「好評価」だろう。「俳句の種をまく」を仕事にするために、夏井先生はかなり話術やコミュニケーションの訓練をかさねてきたようだ。私のような俳句に不案内の者にも、褒める言葉の選び方や表情などを含めて、一種のパフォーマンスとなって説得力を増しているようにみえる。

ヤフコメなどを眺めれば、貶すことは誰でもできることがよくわかるが、褒めるのは、それも説得力を備えて褒めるのはそう簡単ではない。背景となる見識と自信が必要だからだ。貶すのには見識も自信も必要ないし、人格攻撃をするならむしろ邪魔になる。

褒めるにはある程度の訓練が必要という意味において、「プロ」の営為といえ、貶すのは素人の手慰みといえるかもしれない。

もちろん、ある種の宗教勧誘や自己啓発セミナー、マルチ商法などの恫喝や批難、讃辞を繰り出して「洗脳」してしまう「悪達者」もいるわけだが、これは「騙されたい」という欲求に応えているので、別の話だろう。

夏井先生の俳句褒めに刺激されたか、掌編小説や創作的なエッセイを褒めるインターネットチャンネルが出てきたので紹介する。ピース又吉という人の小説を読んだことはないが、こういう良き国語の先生になるべき人が芸人になる時代なんだなと思った。

なんだ!?この手法は!?全行面白い衝撃の文章!キングオブコント決勝常連ザ・ギース高佐の小説に又吉も思わず唸る【#44 インスタントフ


ラブレターを又吉が即興で加筆修正したらスゴいことに…作者感動!又吉の創作がリアルタイムで見れる!【#31 インスタントフィクション


若手芸人たちは、自分たちで漫才やコントの台本を書くせいか、たいてい巧みな文章を書きます。ネタやオチを意識しすぎる傾向があるが、ネタもなければオチもない、あるいはネタはあっても使い回し、オチないコロがらない、しかつめらしいだけのTVのニュースショー番組の談話やナレーションとは比較になりません。

若い人たちの国語力低下にも留保をつけたくなる「インスタント・フィクション」が少なくない。マスメディアに登場する専門家やコメンテーターたち、編集者の国語力低下のほうが、はるかに嘆かわしい気がする。

気がするといえば、例えば、ウクライナ戦争のコメンテーターとしてTV番組に出てきた軍事専門家の先生が、「ロシアは戦闘機のおよそ2割を失っているという気がします」と言いやがったのです。また、某TVニュースでは、「ロシアの占領地域をウクライナ軍が奪い返し、開放しました」とテロップを流しました。そのうち、部落開放同盟と書かれるでしょう。天声人語は高校生の作文みたいだし。

(止め)
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