コタツ評論

あなたが観ない映画 あなたが読まない本 あなたが聴かない音楽 あなたの知らないダイアローグ

男と女の不適切な真実

2010-07-15 03:22:00 | ダイアローグ
「やる気あんのか、てめえ」
「いきなり、なに怒ってんのよ」
「その格好だよ」
「おかしい? 似合ってない? ブラウスの色、合わない? そうならいって」
「おかしかねえよ、別に」
「そう、よかった。じゃ、なにが気に入らないのよ」
「そのジーパンだよ」
「ジーパンだって。ジーンズでしょ」
「うるせえな、おれは、おめえが、おしゃぶりくわえてた頃から、リーバイスの501とかはいてたんだ。ジーパンでいいんだよ」
「はいはい、そのジーパンのなにがいけないのよ。女の格好にケチつけるなんて、意外な人ね」
「その、人ねってのはなんだ。目の前にいるのに、どこかよそにいるみたいにいうな。そのうち、私って人は、とかいいやがるんだろ。てめえ、なに様だ」
「いちいちからむのね。いいわよ、なにが気に入らないかわからないけど、ご機嫌が悪いなら、今日はなしにして帰ってもいいのよ」
「ははあ、やっぱりそういうことか。はなからその気はなかったってえわけだ」
「なにがやっぱりよ。さっぱり、話が見えないんですけどね」
「てめ、この、澄ましやがって、見えるも見えねえもねえ、おれは見たとおりをいってるんだ」
「だから、なにをいってるのよ、なにが見えたのよ。じれったい人ね、さっさといえばいいじゃない」
「人ねって、また人っていったな。あ、じれったい人はいいのか」
「なに、空見上げてんのよ、頭よくないのに、考えたってむだじゃない。それより、あたしに、なにかいいたいんでしょ?」
「おめえ、おれをバカにしてんのか?」
「いいえ、バカにはしてません、バカだと思ってるけど。せっかく、はじめてのデートらしいデートだっていうのに、ブスってしてるから心配させてさ、いいがかりつけてさ、精いっぱいのおしゃれしてきたのに、あたしのなにが気に入らないのよよ」
「あ、泣いてんのか、ったく。たしかに、おめえと二人で出かけるのは、今日がはじめてみてえなもんだ。だからよ、ジーパンはねえだろって、そういってるんだ」
「だからあ、ジーンズのどこがいけないのよお」
「いけねえよ、全然、いけねえよ。色気もへったくれもねえじゃねえか」
「誰がへちゃむくれだって!」
「へちゃじゃねえ、へったくれって」
「あんたこそ、靴の底みたいな顔をしているくせに、よくもまあ、あたしのことをへちゃっていってくれたわね!」
「くっ、靴の底みたいな顔ってなんだ。靴の底って! そんなことはじめていわれた。おれの顔は靴の底みたいなのか」
「色気がなくてわるかったわね。どうせ、そうでしょうよ。もっと、色気があって、若くてピチピチしたのがいいんでしょ。そんなら、そっちへ行けばいいじゃない。ニタニタして手でも振れば、靴底と靴べらだわね」
「ちょっと待て、とりあえず、顔のことは横におこう。それから、若くてピチピチの肌のことも、いまはなしだ」
「ピチピチの肌なんて、あたしはいってない! あたしの顔をへちゃといったうえに、肌も張りがないとか、おばさん扱いするわけ? え、ちょっとあんた、本気でいってるの!」
「おれはそんなこといってねえぞ、一言もいってねえ!」
「いった」
「いってねえったら」
「絶対、いった」
「うるせえ口だな」
プハーッ
「な、なにすんのよ、こんな人通りで、他人が見てるじゃない! ほんとになに考えているのよ、あんたって人は!」
「これはなんだ?」
「なんだって?」
「これは右手だよ、靴べらじゃねえぞ。おめえにキスしてるとき、この右手はどうするんだ?」
「・・・」
「な、そんなジーパンじゃ、どこにも入れないだろ? 触れないだろ?」
「まあだ、わからねえか。じゃ、もう一度」
「もういい、わかったから バカ 」
「わかりゃいいんだ」
「お化粧なおしてくる」
「うん」


男と女の不都合な真実
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

チーちゃん

2009-11-17 00:39:00 | ダイアローグ


子どもの頃、「チーちゃん」という女の子がいた。
本当は何という名前か知らない、住んでいる家も知らない。
同じ小学校だったはずだが、何年生だったかも知らない。
よく知っていたのは、その特異な格好と行動だった。

いつも、太いおんぶ紐をたすきに前で結び、
三角に折りたたんだ座布団を背負っていた。
赤ん坊ごっこに、人形をおんぶしてくる女の子はいた。
「チーちゃん」は人形のかわりに座布団をおんぶして、
土管が捨てられた空き地にやってきた。

赤錆びたトタン屋根の町工場がひしめく一角
無花果の木が一本あるだけの空き地で
おかっぱ髪に四角い顔の「チーちゃん」は、
ずんぐりした足に蒲鉾みたいなサンダルを履いて、
みんなの遊びを見ているだけだった。
僕たちも誘わない。

しかし、誰かが口を動かしていると、
目敏く見つけ、その子に寄っていく。
「何食べてるの?」と尋ねる。
とまどって、答えないと、
「見せて!」と詰め寄る。
何を食べているか、口を開けて、
いま咀嚼しているものを、見せろというのだ。

たいていは、「チーちゃん」を無視する。
聞こえない見えない振りをする、その場から逃れようとする。
「チーちゃん」は、そんな態度を無視して、
「何食べてるの?」「見せて!」と追いかける。
しかたなく、食べているものを教えるか、口の中を見せることになる。
すると、「チーちゃんにもちょうだい!」とは右手を差し出す。
「ねえ、ちょうだい、ちょうだい!」
ニコリともしない、ねだるという可愛げな態度ではない。

くれるまで続くから、やがて根負けする。
だから、子どもたちは、駄菓子屋で買ってきたものを、
空き地で食べるときには、まず、「チーちゃん」の姿を探す。
「チーちゃん」がいたら、ポケットのお菓子を出さない。
すでに口に入れた後なら、なるべく顎を動かさないように、
うつむいて隠すように、舌を回して味わった。
そんな食べ方ではちっとも美味しくない。
なかには、怒って、ねだる「チーちゃん」を
突き倒した子もいた。

「チーちゃん」は、何事もなかったように、
スカートの土を払って立ち上がる。
そして、「わたしにもちょうだい!」と、
正面に立ち、右手を上にする。
おんぶ紐が弛み、たたんだ座布団が広がり、
凧になったように
烏賊の耳のようなのに、
気にする様子も直す気もない。
もとから、ただの座布団にしか
見えなかったのだが。

紐つきの大きな飴を頬張っていた子は、
そんな「チーちゃん」に、
「やらない」とも「あっちへ行け」ともいえず、
飴をモゴモゴさせているうちに、口から落としてしまった。
泣き出しそうな顔で、地面を見つめている。
まだ、舐めはじめたばかりだったのだ。
その飴をすばやく拾い上げた「チーちゃん」は、
近くの家の蛇口へ走っていき、水で泥を洗い落とし、
ザラメが舐め落とされて、ピンクに光る飴を口に入れた。
「チーちゃん」は、見せびらかすように、
頬を大きくふくらませへこませた。

ノシイカを食べている子がいた。
「チーちゃん」に口中のノシイカを見せた。
「わたしにもちょうだい!」
といわれる前に、両方のポケットの底を外につまみ出して見せ、
「へッへー」とその子は笑った。
さすがの「チーちゃん」も、口惜しそうに唇を噛んだ。
その子は1分ばかり、みなから囃したてられて、得意になっていた。
無花果の木が一本あるだけの空き地に、落陽が染めかかり、
夕食が待つそれぞれの家に、子どもたちは帰っていく。
「また明日ね」と呼び交わしながら。

チーちゃん」が、私のところへ寄ってきて、
「何食べてるの?」と尋ねた記憶はない。
私はたしかに、その空き地にいたはずのに。
みなと同じように、買い食いしていたはずなのに。
「チーちゃん」に、正面に立たれた覚えがない。

いつの間にか、「チーちゃん」は、空き地に来なくなった。
「チーちゃん」は、いま、どうしているだろうか。
「チーちゃん」は、あの空き地を覚えているだろうか。
「チーちゃん」は、私を覚えてくれているだろうか。
どうして私は、「チーちゃん」を覚えているのだろうか。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ステッキ

2007-11-09 02:17:16 | ダイアローグ
Oは自らの余命が残り少ないと知っていた
政治家という激務を続けられるのも
せいぜい後数年だろうと思っていた
次の衆院選までが最後のチャンスだ

老人の使いから自宅に電話があった翌日
議員会館の執務室を訪ねてきた
一席設けるからぜひ
とその使いの元首相はいった

話の内容は驚くべきものだった
アメリカ大使の面会さえ断ったOだが
迷った末に断わらなかった
魅力的な提案だったからではない

逃れられない罠を仕掛けられた
と思ったからだ

90歳を越えた老人は
「O君」と垂れ下がった唇を振るわせ
しかし相変わらず生臭い眼を見据えて
国政の責任を説いた

国会議員の誰をも「先生」とは呼んだことがない
この老醜の傍らにはもう一人の
元首相がいた

前の首相をすげ替えて1カ月も経たぬのに
次はOを首相にするという

老人の股間に立てかけられた
ステッキに眼がいった

その握りに両手を合わせ
顎を乗せたまま
「君にとっても最後のチャンスじゃないか」
と老人はOの心臓病を仄めかした

横に侍る元首相も
使いに来た元首相も
引導を渡された前首相も
いまと同じように宣下されただろう現首相も
そして次期首相といわれた自分も

この老人にとっては
あのステッキのようなものかもしれない
老人斑の浮き出た手甲で握られ
涎が垂れた顎を載せられる
棒に過ぎない

弁舌に熱を帯びて
老人は激しく咳き込んだ
Oはこの老人より長生きできるだろうか
と胸に問い
気づかれぬよう嘆息した

長生きしたいと思った


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

グリコ

2003-03-21 23:31:19 | ダイアローグ
僕が勝つときはグリコ
負けるときはチョコレートかパイナップル
勝率は5分なのにだから君はどんどん遠ざかっていく

なあ
グリチルリチンサンというのも有りにしないか?

私はあなたよりずっと歩幅が狭い
勝率が5分なのにあなたがどんどん遅れるのはだから変よ
顔はこちらに向けながら後ずさりしているんじゃないの

ねえ
私以外の人ともグリコしているの?

(3/21/03)


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

汽水のふたり

2003-01-06 01:07:05 | ダイアローグ
指についた女の血合いをシーツで拭い
煙草を探しにベッドを降りた
白い肢体をなぞりながら
窓のない部屋に煙の行方を追う
鈍色(にびいろ)の空に
一条の陽光(ひかり)が射し込めば
水面の白鷺は羽ばたき
薄暗い水床の鯉は揺れるだろう
河を下り海に出ると信じた女に
そう信じさせた男は呟く
「幸せか」
頷くことはわかっている
TVや冷蔵庫に電子レンジさえ備えた
この部屋にシーツを洗う洗濯機がないのを
わかっているように

(1/6/03)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする