コタツ評論

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いつか王子様が

2002-07-11 23:29:00 | ダイアローグ
子どものように手放しで泣く顔を見下ろしながら
俺は女の身体をさらにせり上げた

Someday My Prince Will Come

チャイムを押して
室内から見られないように
ドア横の壁に身を寄せた
公団住宅の金属ドアが
重くきしんだ音をたてて
少し開いた
俺は素早く靴先を
その隙間に差し入れた
ドアチェーンはかかっていない
もしかかっていれば
そのまま引き返すつもりだった

女は口をOの字に開けたまま
呆けたように俺を見た
夫や子ども以外をこの玄関で見ることはない
そう信じ切っていたのだろう
あらかじめ女の会社に偽電話をかけ
今日休むことやたぶん一人でいることも
たしかめていた
ドアチェーン以外は

ドアを思い切り引くと
ノブをつかんだまま
女が出てきた
入れ替わるように
俺は玄関に
室内に進んだ

幸せな親子4人
ありふれた3LDK
積み重ねられた洗濯物
麦茶のボトル
風鈴が鳴った
追いすがってきた女を
俺はものもいわずに
突き飛ばした
「ね、落ち着いて」
Take it easy

I'm afraid I wasn't able to deliver your message
to the following address.Because sender's mail address
is in recipient's blocking list.

女の小賢しい裏切りに俺はカッとなった
薄手のサマースウェーターとカーディガン
まるで主婦というタグでも付いているような
あか抜けなさに
その弛緩が
俺を刺激した
女を抱きよせ
唇を覆った
少し口臭がした
はじめて知った
固かった身体はすぐに
ぐったりした
そのままかぶさって
女の両手を
左手で抑えた
耳朶から首筋を吸い上げ
右手でスウェーターをたくし上げる

青い静脈が浮かび上がる
白く豊満な乳房が晒された
乳首を含んだときも
女の抵抗は本気ではなかった
手も握らずにいた
3年間の抑制が
俺の中で弾けた
乱暴にスカートをまくり
白い大きめな下着に
手をかけたとき
はじめて気づいたように
女は激しく暴れた
女はとても濡れていた
指先にからめとった体液を
俺は女の顔になすくりつけた
その匂いを嗅ぎながら
唇を割って俺の唾液を注ぎ込んだ

Take it easy

女がノロノロと下着に足を通し
スカートの下に納めてから
俺はいった
「パンツ脱げよ」
「お願い、もうすぐ子どもが帰ってくるの」
「脱がしてやろうか」
俺が果てなかった不満と侮りの腰つきが
下着を足首に落とした
あの付け根の熱い奥に
ぶちまけなかったのは
寸前で腰を引いたのは
恐怖したからだ
泣きじゃくるだけの
無防備なこの女は
俺の子を産むのではないかと
俺はまだ暖かい下着をつかんで
ズボンのポケットに突っ込んだ
エレベータを使わずに
外廊下の非常階段で下りた

Take it easy

西日射す団地の
影の下に入り
女のベランダを見上げて
姿を現すと賭けた
ベランダの上と下で
俺たちは眼を交わした
1時間前には麦茶を飲んでいて
いまは下着をつけていない女は
俺に軽く手を振った
少し微笑んでいるように
見えた

蔦の絡まるバルコニーの代わりに
洗濯物が翻るベランダ越しに
俺たちは立っていた
俺はポケットから白い布を取り出し
わずかに染みの付いたそれを
鼻に押しつけた
そして純白の絹のスカーフのように
高く掲げて女に振った
俺は幾層もの城壁を抜け
4頭立ての馬車を駆り
夕焼けの町へ帰った
女の下着は
駅のトイレに捨てた

Someday My Prince Will Come

(7/11/02)


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私が捨てた・・・

2002-06-26 23:03:00 | ダイアローグ
ワニを拾った
測ってみると鼻先から尾っぽまで2.2m
バスルームをねぐらに与えることにしたので
銭湯代わりにスポーツジムに入会した
シャワーのみで浴槽がないのが難点だが
水道代やガス料金を気にせず盛大に使えるし
シャンプーやリンスも使い放題なのは快適だった
ナイト料金月額4,500円を捻出するために
新聞をやめたおかげで
ワニの消息を探す記事が載ったかどうかはわからない

浴槽につねに湯を張っていても寒いらしく
ベランダに出して日光浴させるのが日課になった
ペタシペタシと移動の途中
キッチンを過ぎるあたりで
私を振り向くようになったら食事の頃合いだ
餌は鶏肉である

これは安いので助かった
1週間に1度10kgほどをやればよい
やはりブランドの鶏肉が旨いらしく
安い冷凍鶏肉とは食いっぷりが違う
名古屋コーチンは食わしたことはない
牛肉並みに高価ということもあるが
美食させると後戻りができないことを
以前に飼っていた猫で知っていたからだ

半開きにしている寝室の襖から覗くことがある
気づいたときは起きていって
バスルームで背中に付いたコケをタワシで擦ってやる
スニーカーを洗うよりは骨が折れるが
換気扇の油汚れを落とすよりかは楽なものだ
糞はそこいらで見境なくする
後始末にうんざりして
お前の飼い主はさぞや心配しているだろうなあ
と聞こえよがしにいうと
涙ぐんでいるように眼が濡れる
あまり冗談は通じないようだ

たまに痛めつけるときもある
狭い2DKに2.2mがいつも横たわっているのだから
ときどきはイライラするものだ
まずはつま先に鉄板の入った頑丈なワークブーツを履く
以前に便所前にいた背中を寝ぼけて踏んづけてしまい
足の裏が血だらけになったことがあるからだ
次に掌部分にゴムが張ってある園芸用の軍手をはめる
そしてボロ布を巻いて松明のようにしたホーキをくわえさせる
それから折檻だ

意外に白く柔らかい腹を
サッカーのゴールキックのように蹴り上げる
もちろん暴れて抵抗するが
狭い室内では武器である長い尾を振りようがない
怒りに眼を充血させながらホーキを噛みしめている
哀れな捨てワニである
それもほんのたまのことだ
わざわざ身支度するのは面倒くさいし
私は好んで動物を虐めるような人間ではない

買い物から帰ってくるとたいてい玄関で待っている
スーパーのビニール袋を下げていれば
キッチンまで従いてくるあたり
尾っぽを振らないだけで犬とあまり変わりない
何のつもりか居間のTVに向かって
口を大きく開け続けているときがある
ゴミ箱代わりに紙くずを丸めては
いくつも放りこんでやった
ちょっとしたバスケットゲームである

一度人気がないのを確かめてから
深夜の公園に連れて行ったことがある
大型犬用の鎖を幾重にも胴体に巻いた姿は
一見凶悪なプロレスラーのようだったが
野犬の声を聞いたとたん
公園のベンチの下に隠れて出てこず
体重50kgをひきずって帰る羽目になり往生した
それ以来散歩はあきらめた
故郷のアフリカではどうかしらないが
練馬ではからきしである

名前はつけていない
他に生き物はいないから
おいとか、おまえで事足りる
ほとんど動かないから呼ぶ必要もないのだが
半年ほどそんな日々が続いたが
あまり面倒を見ることができなくなった
鶏肉をやるのは2週間に1度になったし
日光浴をさせることも減った
背中をタワシで擦ってやるのも怠けたので
バスルームには悪臭がこもってきた
私に彼女ができて忙しくなったからだ

贅沢をいう女ではないが
まさかワニ付きの男と暮らしてくれるわけはない
悪いけど出て行ってくれないか
とワニにいってもしかたないので
深夜に公園に連れていってベンチに繋ぎ
早朝警察に電話した
ゴミ収集所で見つかったそうで
近所は大騒ぎになり保健所が呼ばれたらしい
どこかの動物園かワニ園にでも引き取られたのだろう

変な臭いがする部屋と
彼女は顔をしかめていたが
一緒に暮らしはじめた
しばらくはそれなりに楽しかったが
1年も経つと
あまり動かないところや
白目を剥いている寝顔
まったく役立たずなことは
さほどワニと変わらないことに気づいた

ある日玄関のドアを開けたら捨てたワニがいた
なぜか背中一面に黄色のペンキがかかっていた
とりあえずバスルームに隠して
寝ている彼女を叩き起こし
喚き罵る彼女の身の回り品をバッグに詰めて
部屋から追い出した
2匹もワニを飼うわけにはいかない
無口なだけ彼女よりマシというものだ
ワニが雄か雌かは知らない
年齢がいくつなのかも知らないのだが

(02/06/26)
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アイスクリーム

2002-06-25 23:33:00 | ダイアローグ
色あせた紫陽花を背に
門扉の内側に屈み
私は待っていた
これなら通行人に見られることはない
玄関ドアのノブが回り
この家の主人が出てきた
私はゆっくり立ち上がった
訝しげにこちらを見た
左手の写真と比べながら近づいた
そっくりとはいえない
名前を尋ねた
違うとはいわなかった

男に囁きかけるように身体を寄せ
右手のナイフを肝臓の位置に定め
刺し通してから抉った
前にのめろうとする男を支え
首筋を抱えこんで
玄関前の小さな階段に座らせた

かすかな溜息が洩れた
男か私のどちらが発したものか
少し考えた

門扉を閉めながら
酔いつぶれたように頭を垂れた
男を一瞥した
振り向きざまに
何か柔らかいものに触れた
10歳くらいの男の子が立っていた
いつからそこにいたのか
愚鈍な顔つきで私を見ていた
とっさにその子の手を引いて
歩き出した

住宅街では車は人目につく
乗ってこなかったのは正しい
悔む必要はないと自分に言い聞かせた
とにかく駅まで歩くしかない
しばらくして小さな商店街が見えてきた
男の子の緊張が少し和らぐのを右手に感じた
コンビニでアイスクリームを買い与えた

釣り銭も握らせると
男の子の表情がほころんだ
両手にアイスと小銭を握ったまま
困った表情を浮かべていた
アイスを持ってやり
小銭を握った手を開いてやったら
眼を開いて数えていた
信頼の表情が浮かんだ
コンビニの裏手で
男の子がアイスを舐め終わるまで
20分以上はかかった

「家はあの近くなのか」
「うん」
「お父さんは何してる」
「いない」
「お母さんは」
「ビール屋さん」
「酒屋なのか」
「ううん、ビール屋さん」
「ビール工場にでも勤めているのか」
「ビール屋さん」
「このあたりにビール工場なんかないぞ」
「お母さんがそういった」
「嘘つけ、お母さんはどこで働いている」
「駅のほう」
「駅のどこだ」

私は木切れを拾って地面に直線を引いた
捨ててあったコーヒーの空き缶を真ん中に置いて
ここが駅だと示した
男の子は瞳を輝かせて地面に見入り
「ここに自転車屋さんがあって、
ゲーム屋さんがあって、
なんでもない屋さんがあって、
床屋さんの隣」
といった

ほどなく駅の北口に床屋を見つけた
なんでもない屋さんといったのは
閉じた小児科医院のようだった
その一角には酒屋もビール工場もなかったが
男の子は嘘をついてはいなかった
たしかにそこでは毎晩たくさんのビールを売っている
いまは廃車の下で仰向けになっている男の子の
行方を気にするのは
その母親くらいなものだろう

上着の裾に付いたコーンの屑を払った
「殺し屋さんだね」
そんな声が聞こえた気がした
溜息をついたのは誰なのか
今度は考えるまでもなかった

(6/25/02)





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軽井沢、夕暮れ、アランフェス協奏曲

2002-06-25 23:20:15 | ダイアローグ
ブラウンケーキの堅いパイ生地に
上品な造りだがへなちょこナイフで挑むように
掘り始めの砕石混じりの堅い地面には
スコップはなかなか歯が立たなかった
ツルハシがあればと思いながら辛抱強く削った
徐々に柔らかく温かな黒い土層に変わり
やがて柄の部分まで深く入るようになった
アップルパイを切り分けるように
慎重に土塊を凹部に載せて運び上げると
スコップに残り付いた土を剥ぎ落とすために
刃先を横にして何回か地面を叩く
そのリズムがクレッシェンドになり
時おり拳大の石に当たり中断すると
またアダージョからはじまる
ひとつのメロディが頭の中でリフレインしていた
二時間ほどで俺の棺桶は腰上まではかどった
長方体の内角をスコップの先で整えながら
あたふたと逃げ走る大小様々な虫を眼で追った
真新しかったスコップは土と俺の汗でまだら模様になり
光り輝いていたエナメルのスリップオンには
醜い横皺が重なっていた
「それ、こっちへ寄こせよ」
地上の男がちぎれ落ちた俺の銀のカフスを指さした
「安物だぜ」
男の合成皮革の靴も乾いた土で白く汚れていた
見上げた俺に夕日を背負ったシルエットがかぶさり
俺は俺の死神に笑いかけた
「そろそろかな」
俺たちの声が重なった

(6/25/02)



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励まし

2002-04-26 20:10:00 | ダイアローグ
「おつかれさま」といつも分け隔てなく声を掛けてくれる時給850円のキオスクのおばさんから夕刊紙と煙草を求めてから、尿意を催したので駅のトイレに行くと折悪しく時給650円の掃除婦が清掃中の標識を出したところだったので、しばらく待たされるのを覚悟してハキハキと正確に注文を繰り返す時給750~1050円の女の子がいる居酒屋でいっぱいやっていこうかと考えたり、それとも洋菓子店に寄って可愛いエプロン姿の時給750円の店員からチーズケーキとシュークリームを買って帰り、時給800円で近所のスーパーでレジを打って家計を支えてくれる妻と分け合うのも悪くないと思い直したり、しかし期間中割引クーポン券は妻が持っていることに気づいたので白いクリームが妻の唇で輝く光景は萎んでしまい、ボクサーのように軽やかなステップを踏んで台をめぐる時給900円の従業員がいる駅前のパチンコ店でひと稼ぎできないものかと思案をめぐらしていると、時給2500円の塾講師の説得力ある試験対策に眼を輝かせた時給1500円以上をめざす塾帰りの小学生の集団が駆けてきたのにぶつかりそうになって、子どもが手に持った時給1000円のハンバーガー店のマネージャーから渡された時給800円の女子工員が生産したフライドポテトの香ばしい油が、時給100円の中国娘が縫製した私の一張羅の春物スーツにつきやしないかとあわてて身をかわしたのに、時給1200円のプログラマーがサービス残業してつくったテレビゲームの話に夢中な子どもらには私などまるで眼中になかったようで、その元気な後ろ姿を見ているうちにパチンコで時給5000円を手にする計画が大胆すぎるように思えてきたところに、「おまちどうさま」という掃除婦の声に促されて彼女の時給3000円以上に相当する完璧に施された仕事のおかげで光輝いた陶器に放尿してから、時給650~2000円くらいの乗客たちと急行電車を待つ列に並び時給300円くらいでホームのゴミ箱から捨てられたマンガ雑誌を集めるホームレスを眼の端で追い、車中では隣り合わせた茶髪娘のルイ・ヴィトンのバックが彼女の時給の何時間分かを計算してその健気さに心打たれちょっと鼻がツンとしていると、自宅のある最寄り駅に着いたことに気づき時給2000円のキャバクラ嬢がポーズを取る写真に眼を吸い寄せられながらも、今日は失業保険の支給日で少し懐が暖かかったのに夕刊紙を買う以外の無駄遣いをしなかったことに満足して、時給2500円くらいは払ってもいいと思える夕暮れの心地よい風に頬を撫でられてふと立ち止まり、職業に貴賤はない、ただ時給が違うだけなんだ、と誰かの励ます声を聞いた。

(4/26/02)

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