残暑
郵便や宅配や電気やガスや水道や新聞は
押しつけがましく聞こえよがしにノックする
仕事だから無理もないが
月に一度訪ねてくる彼女のノック音は
聴き逃してしまうくらい小さい
でも玄関へ急ぐことはない
留守かとあきらめてくれてもいい
ノックしておきながらドアを開けると
間近なので驚かれることがあるものだが
彼女は声をかけるには一息必要なほど
ドアから離れて立っている
そうした規則があるのかもしれない
彼女はいつも少しおずおずとして
ていねいにお辞儀をする
TVで洗剤のCMに出る人みたいに
白い歯と陽に灼けた肌が眩しい
質素だがこざっぱりした格好をして
涼しい木陰から出て来たばかりのよう
小さな声でいつもの短い説明をしてから
小冊子を手渡し去っていく
小冊子は古新聞を入れた紙袋に直行する
半年ほど前の聖書だけはトイレに備えてある
いちど自転車に乗った彼女を見かけたことがある
ノースリーブのワンピースにサンダルを履いて
何か楽しそうに歌いながら力強くペダルを踏んでいた
スカートを翻す太股の豊かさにまず眼を奪われ
つぎに彼女と気がついた
はじめて彼女が訪ねてきたとき
傍らには10歳くらいの男の子が立っていた
気になって彼女の上手ではない説明を止められず
しかたなくパンフレットを受け取って以来だ
私があの男の子なら
見知らぬ家を訪ねる美しい母親の不安を察し
その仕事の成功を助ける男の努めに
やはり緊張しただろう
その後男の子に会うことはなかった
夕方の児童公園に集まる彼女の仲間を見かけるが
その子だけでなくほかに子どもの姿もなかった
組織の方針が変わったのはよかったと思った
彼女の子だったかどうかも知らないのだが
彼女に少年の思いつめた瞳や固く結ばれた唇を
重ねる瞬間がある
そのときわずかな背徳感を覚える
少し憎んでいることに気づく
彼女か少年か私自身をか
その答えを探す前に
ドアは閉じられ
彼女は立ち去り
私も忘れ去っている
(8/25/2001)
郵便や宅配や電気やガスや水道や新聞は
押しつけがましく聞こえよがしにノックする
仕事だから無理もないが
月に一度訪ねてくる彼女のノック音は
聴き逃してしまうくらい小さい
でも玄関へ急ぐことはない
留守かとあきらめてくれてもいい
ノックしておきながらドアを開けると
間近なので驚かれることがあるものだが
彼女は声をかけるには一息必要なほど
ドアから離れて立っている
そうした規則があるのかもしれない
彼女はいつも少しおずおずとして
ていねいにお辞儀をする
TVで洗剤のCMに出る人みたいに
白い歯と陽に灼けた肌が眩しい
質素だがこざっぱりした格好をして
涼しい木陰から出て来たばかりのよう
小さな声でいつもの短い説明をしてから
小冊子を手渡し去っていく
小冊子は古新聞を入れた紙袋に直行する
半年ほど前の聖書だけはトイレに備えてある
いちど自転車に乗った彼女を見かけたことがある
ノースリーブのワンピースにサンダルを履いて
何か楽しそうに歌いながら力強くペダルを踏んでいた
スカートを翻す太股の豊かさにまず眼を奪われ
つぎに彼女と気がついた
はじめて彼女が訪ねてきたとき
傍らには10歳くらいの男の子が立っていた
気になって彼女の上手ではない説明を止められず
しかたなくパンフレットを受け取って以来だ
私があの男の子なら
見知らぬ家を訪ねる美しい母親の不安を察し
その仕事の成功を助ける男の努めに
やはり緊張しただろう
その後男の子に会うことはなかった
夕方の児童公園に集まる彼女の仲間を見かけるが
その子だけでなくほかに子どもの姿もなかった
組織の方針が変わったのはよかったと思った
彼女の子だったかどうかも知らないのだが
彼女に少年の思いつめた瞳や固く結ばれた唇を
重ねる瞬間がある
そのときわずかな背徳感を覚える
少し憎んでいることに気づく
彼女か少年か私自身をか
その答えを探す前に
ドアは閉じられ
彼女は立ち去り
私も忘れ去っている
(8/25/2001)