コタツ評論

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今夜は、オチ・チョールニェ

2017-10-14 23:23:00 | ノンジャンル
黒い瞳」というタイトルでも有名です。近年では、イグレ・フリオシアスの「黒い瞳のナタリー」というヒット曲がありました。ジプシー娘の黒い瞳に恋い焦がれる破滅的な恋の歌です。

シャリアピン・ステーキで知られるシャリアピンが1927年(昭和2)にレコーディングして世界的な大ヒットとなった代表的なロシア民謡です。世界中の多くの歌手や演奏家がカバーしていますが、まずはジャズアレンジから。

SOPHIE MILMAN Otchi Tchorniya


ドミトリーの後が読めません。正統的な歌いかたなのでしょう。

DMITRI HVOROSTOVSKY


ウラジミール・ヴィソツキーは聞いたことのある名前です。この歌いかたなら、歌詞を変えていますね、間違いなく。

VLADIMIR VYSOTSKY


(敬称略)

テキトーファースト

2017-10-14 17:37:00 | 政治
たいていの「日本人論」には根拠がない。根拠がない話を得々と聞かされるのは傍迷惑な話だが、たいていは受け売りであり、ただ共感を求めるだけの害のないものが多い。ただし、なかには良からぬ目的のためにする場合もある。

『日本人は集団主義的』という通説は誤り
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_200930_j.html

「日本人は集団主義的」はアメリカのプロパガンダに与るところが大であったようだが、論文中で「バイアス」と呼ばれている、アメリカの教宣を喧伝して歩いた胡散臭い人々がいたわけだ。

その後、「日本人は集団主義的」は通説となり、今日、そう信じている日本人が数多くいるということは、「一致団結」などべつの文脈に読み換えて喧伝した、やはり胡散臭い人々の「バイアス」が効いたからだろう。

おかげで、好感度では集団主義>個人主義のはずだから、この「日本の集団主義」こそ研究対象にすべきだろう。

ただ、すぐに行列をつくってその順番を守るとか、電車やバスのなかでは大声で話さないなど、これまで「集団主義的行動」とみられてきた、日本人の利他的な行動にはべつのカテゴリーが与えられるべきではないのかという気もする。

むしろ、硬直した「個人主義」より、融通無碍の「集団主義」の方が人間として生きやすいのではないかという事例を。

戦後まもなく昭和天皇の行幸があった。戦災の跡がまだ生々しく残る全国各地で、天皇陛下は熱烈に歓迎された。明らかに「集団主義的」である。しかし、その夜、はじめて天皇の顔を見、声を聞いた庶民の多くは、「意外と背が低いんだ」「変な声だったな」「ア、ソウとしか言わなかったよ」とにこやかに感想を述べ合った。明らかに「集団主義的」ではない。

(止め)