この本は、著者に一人の女性読者が送った25通の手紙という形で構成されています。
ごくごく平凡な女性であるという五十代の女性は、知恵遅れの24歳の、天使のような一人息子と
その息子を人生の汚点だと見なす、エリートの冷たい夫と暮らしています。
ある日、たまたま見たブリューゲルの絵の中に、我が子の姿を見つけたと言います。
それが「ネーデルランドの諺」。
先月、六本木の「見たことがないブリューゲル展」で私も観た絵。
この絵の真ん中の下あたりに描かれている、大きな樽を抱えた男。
その「愚かしいばかりに膨らんだ頬をして、眼はきょろんと上を向いている」男が
自分の息子そのままだというのです。
この男の絵は、「陽だまりを運ぶ男」と解説にあるのだそうで、
そんな意味のない、しかし温かいことをすることも息子にピッタリだと。
そして彼女は、ブリューゲルの様々な絵に、幸福や不幸、温もりや冷淡を見い出し、
天使のような息子と、心の通わない夫との日常に重ねて行くのです。
ブリューゲルの絵一つ一つに色々なエピソードが書き込まれるのですが
中でも私が特に好きなのは、第11章の「豚の前に薔薇を撒く」。
同じく「ネーデルランドの諺」の中の、真ん中の下の方にいる青いターバンの男。
「豚の前に薔薇を撒く」というのは、無駄な仕事をするという意味なのだそうです。
ある日、女性の息子が行方不明になってしまい、必死に探すが見つからない。
そこへ近所の顔見知りのお婆さんが、隣町にいたという息子を連れて来てくれる。
女性は泣いて喜んで、その老婆に御礼として綺麗なブラウスを買って贈る。
淡いグレイとブルーの花模様で銀色のラインが入っているというそのブラウスを
夫は、あんな婆さんに、豚に真珠だとあざ笑い、
実際、その地味な老婆がその服を着ている姿を女性も見たことはなかった。
その後まもなく老婆は心臓の病で亡くなるのですが、息を引き取る間際に、
あのブラウスを着せてお棺に入れてくれと言ったのだそうです。
「よく似合ったんですよ、あの方。普段は構わないなりしていらしたけれど、
ほんとは顔立ちのいい方でしょう。だからあのブラウスを着て、見違えるほど、
伯爵夫人になったみたいに綺麗だったのですよ」と、その場にいた人の言葉。
しみじみとあたたかい話ではありませんか。
ブリューゲルの絵から広がる、独特の世界を楽しませて頂きました。
「ブリューゲルの家族」