Zooey's Diary

何処に行っても何をしても人生は楽しんだもの勝ち。Zooeyの部屋にようこそ!

「夏物語」

2021年09月13日 | 

この小説の、宣伝文句が凄いのです。
「毎日出版文化賞・芸術部門受賞」「米TIME誌ベスト10」「米NewYorkTimes必読100冊」「米図書館協会ベストフィクション選出」。
「21世紀の世界文学」として海外でも絶賛の嵐で、そして村上春樹もナタリー・ポートマンも激賞しているというのです。
世界40ヶ国での刊行が決まっているとか。


第一部は、大阪の下町に生まれて小説家を目指す夏子の生育環境が、事細かに書かれます。
”その人が、どれくらいの貧乏だったかを知りたい時は、育った家の窓の数を尋ねるのが手っ取り早い”
という文章で始まるのです。
”貧乏の世界の住人には、大きな窓とか立派な窓という考え自体が存在しない。彼らにとって窓というのは、ぎちぎちに並べられたタンスとかカラーボックスの後ろにあるんだろうけど、開いているのなんか見たこともない黒ずんだガラスの板のこと。油でぎとぎとに固まって、これまた回転してるのなんか見たこともない台所の換気扇の横についてる、汚れた四角い枠のこと。”
大阪の下町の貧乏なアパートの一室に育ち、家族で夜逃げなどしながら必死に生きてきた夏子。
場末のキャバレーのホステスをしている夏子の姉・巻子とその一人娘・緑子、その3人の密接な関係が、大阪弁の会話をふんだんに入れて生々しく綴られます。
食べるのにやっとの生活をしている巻子が、高額な豊胸手術にあそこまで入れ込んだのは一体何だったのか。
一人娘から口を聞いて貰えないことからの逃避行為であったのか。


私が一番好きな部分。
幼稚園の時、葡萄狩りの遠足にお金がなくて行けなくて泣いていた夏子に、姉の巻子がしてくれたこと。
”それで目を開けたらな、タンスの引き出しとか、棚の取手のとことか、電気の傘んとことか、洗濯もんのロープとかな、いろんなとこに、靴下とかタオルとか、ティッシュとかおかんのパンツとか、もうその辺にあるもんなんでもかんでも、ありったけのもんを挟んだりひっかけたりして、今から二人で葡萄狩りやでって言うねん。夏子、これぜんぶ葡萄やから、ふたりで葡萄狩りしようって。んで私を抱っこして、高くあげて、ほれとりやとりや、ゆうて。”


そして第二部、38歳になる夏子は自分の子どもを持ちたいと思う。
しかし夏子は性交渉がどうにも嫌いで、そのために恋人とも別れてしまった。
パートナーなしの妊娠、出産を目指す夏子の前に、精子提供で生まれた男・逢沢が現れる。
夏子は逢沢に好意を抱くが、しかし結婚もセックスもしたくない。
精子バンクにも登録してみるが、人工授精という行為は果たして正しいのか?
世の中に新しい命を送り出すということは、一体どういうことなのか?


こちらのテーマは「生殖倫理」か。
圧倒的な描写力で可書かれた文章には引き込まれますが、しかし私には、テーマはどうでもよくなってきました。
不器用な登場人物たちが、不格好に遮二無に生きて行く姿を追うだけでおなかいっぱいになりました。
生きるということ、死ぬということ、命を生み出すということ。
この長文を使って書きたかったのは、人間のそういった根源的なことだったのか。
描写があまりにも生々しすぎて、あまりにも汚らしい場面がさらけ出されて、もう一度読みたいという気分には当分なれそうもありません。
コメント (2)
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