Zooey's Diary

何処に行っても何をしても人生は楽しんだもの勝ち。Zooeyの部屋にようこそ!

瞬時に読み取り、それ相応に

2019年08月11日 | 社会
先のインド映画についての感想をSNSにアップしたら
色々なコメントが寄せられました。
インドに詳しい人によると、サリーの着方で出身階層、教養、地方が分かるのだそうです。
またこの映画の監修の松岡環氏の説明によると、インドの人たちは初対面の人に会った時、
相手の出身カーストや職業、知的レベルなどを瞬時に読み取り、それ相応の対応をすることが普通なのだそうです。
映画の中で、メイドのラトナが高級ブティックから即座に追い出されたのは
そういう訳だったのですね。

バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラ。
遥か昔、社会科で習った言葉。
そこから職業や地域などで更に細分化され、数千のカースト集団があるとされるのに。
インドに生まれなくてよかった…



あまりにも暑いので、タロウを連れてインド料理店ラディカでランチ。
冷たく甘酸っぱいラッシーが、辛いカレーによく合って美味しい。
トルコのヨーグルトドリンクはしょっぱくて驚いたものですが。
この巨大なナンには、日本に来たインド人も驚くそうです。
確かにインドでは、小型の丸いクレープのようなものを多く見かけました。
日本でこの巨大ナンを焼く窯が製造され、独自の発展を遂げたのだそうです。


「カレーにナン」本場インド以上に普及・巨大化

コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「あなたの名前を呼べたなら」

2019年08月08日 | 映画

農村の貧しい家の出身のラトナは19歳で夫に先立たれ、メイドとしてムンバイに来る。
建設会社の御曹司アシュヴィンの新婚家庭で働く筈だったのだが
結婚直前に破談になり、傷心のアシュヴィンの身の回りの世話をすることになる。
雇い主とメイドの関係でしかなかった二人だが、少しずつ少しずつ、感情を寄り添わせて行く。
しかしインドの階級社会はそんな甘いものではなかった。



カースト制度はとうに違法になっているといいますが、インドは階級社会です。
ほんの短期間の旅行者の目から見ても、はっきりと分かるほどに。
しかも色々な因習に縛られている。
ラトナは新婚4カ月で未亡人となるが、彼女の郷里では一生、婚家に縛られるらしい。
ブレスレット一つできないし、ムンバイから婚家に仕送りをしている。
アシュヴィンはアメリカで暮らしたこともあり、割と自由な考え方をする優しい青年だが
世間知らずの坊ちゃんから抜け出せないところがある。
ラトナとの恋をすぐに親友に察知され、徹底的に反対されてしまう。
身分違いの恋はどちらにとっても許されない、恥でしかないのです。



映画の中ほどで、ファッション・デザイナーを夢見るラトナが
綺麗なドレスに魅かれて、高級ブティックに入って行くシーンがあります。
が、たちまち店のスタッフに追い出されてしまう。
その時のラトナは見た目には綺麗なサリーを身に着けていて
少なくとも私には、どうして追い出されるのかさっぱり分からないのですが
多分インドの人には分かるのでしょう。


46歳のインド人女性監督ロヘナ・ゲラ監督はスタンフォード大学を出て、パリでも暮らしていたのだそうです。
欧米での自由な雰囲気を経験した彼女は
「母国の現状ではあり得ないが、社会は変わっていくべきだ」との思いを託して
この映画を作ったのだそうです。


原題「Sir」は、ラトナがアシュヴィンを呼ぶ「旦那様」という意味。
メイドである彼女は、どんなに想っても、アシュヴィンのことをそう呼ぶしかない。
この甘ったるい邦題からは想像できない、中々に味わいのある映画でした。
ムンバイの高層ビル群、高級マンションの中の豪華な一室、その中の物置のようなメイド部屋、路上のグチャグチャと喧騒、色鮮やかな布市場、そうしたシーンを眺めるのも楽しいものです。

「あなたの名前を呼べたなら」
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

みんなのミュシャ展、アユンテラス

2019年08月08日 | お出かけ

19世紀末から20世紀初頭、「ベル・エポック(良き時代)」のパリの街角を
彩ったアルフォンス・ミュシャ。
「アール・ヌーボー」を代表する彼のグラフィック・アート、
そして後世、ミュシャのデザインに影響されたサイケデリック・アートのレコード・ジャケット、
日本の漫画まで紹介するという文化村の「みんなのミュシャ展」。



とにかく色が綺麗。
2年ほど前の国立新美術館のミュシャ展は、民族問題の大作「スラブ叙事詩」が中心だったので、ポップで明るい作品が多い本展は随分イメージが違います。
撮影可の作品も結構あったのですが、ガラスの額装で反射してしまったので
パンフレットの写真を載せます。



この「ツタ」の青緑色の、なんと美しく涼し気なこと!
繊細で流麗でエキゾチックでありながらも何処か懐かしい感じがするのは
子供の頃好きだった水野英子、山岸涼子などの少女漫画がその影響を受けていたからだったのか。


(ミュシャに影響を受けたという漫画。天野喜考、山岸涼子)

プラハに行った時、ミュシャ美術館に立ち寄りました。
分かりにくい所にある、意外にちょっとした建物だったので驚いたのでした。
現地では「ムハ」と言うようです。
「ミュシャ」の方がお洒落に聞こえるような気がします。



あまりにも暑いので、インドネシア料理店「アユンテラス」でランチ。
牛肉のココナツ・クリーム煮、ナシゴレン、パイナップルとココナツのケーキ。
お店に入った瞬間に感じる、スパイスやココナツが入り混じったエスニック料理の匂いが好きです。
猛暑の昨日、インド映画→インドネシア料理→ミュシャ展と
汗だくになって渋谷を歩き廻ったのでした。


コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

そのままでもみずみずしく

2019年08月06日 | 家庭

家電メーカー4社の最新機種の冷蔵庫のカタログを丹念に見て
比較検討する、というモニターを引き受けました。
消費者として、カタログの中のどの部分に魅かれたかとか疑問を持ったかとか
詳細にレポートするというものです。
モニターの性質上、具体的な名前などは挙げられませんが、差し障りのない範囲で。

我家が冷蔵庫を買い換えたのはいつだったか覚えてなくて
ブログで確認したら、9年前。
真夏に前の冷蔵庫が突然壊れて、じっくり選ぶ余地もなく、我家のキッチンに合い、
すぐに取り寄せられるものという感じで、とにかく慌てて買ったのでした。

久しぶりに冷蔵庫のカタログを手に取ったら、まあ、なんて進化していること!
冷凍庫と冷蔵庫の中間のチルドルームというのができて久しいのですが
今はそれよりも進んだマイナス数℃の微凍結ルーム(メーカーによって名称が違う)ができていて、
そこに入れれば肉・魚は1週間、刺身は3日間持つのですって。
肉もハムも、ラップしなくてそのまま入れても平気なのですって。
野菜室は適度な湿度が行き渡り、葉物野菜を包まなくても、
そのままで1週間みずみずしいのですって。
ドアはそっと触れるだけで自動に開くのですって。
業務用レベルの急速冷凍ができるから、以前よりも美味しく冷凍できるのですって。
省エネは益々進み、例えば何日も旅行している時はドアの開閉の少なさから
冷蔵庫のAIがそれを判断して、温度を少し上げて節電してくれるのですって。



本当にハムや青紫蘇をそのまま入れても干からびないのかしらん?
でも、こんな比較写真まであるのです。
カタログの謳うことをすべて鵜呑みにするつもりはありませんが
これでは新しい冷蔵庫が欲しくなります。
でも、今のがまだ壊れないしなあ…



カタログの中身には関係ありませんが、もう一つ思ったこと。
冷蔵庫のカタログというと、以前は表紙にエプロンをした女性がニッコリという
イメージだったのですが、今は殆ど男性が登場しています。
男性だけの表紙もあります。
世の中、変わりましたね。


コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

熱中症疑い

2019年08月05日 | 家庭

一昨日の土曜日、珍しく体調を崩しました。
朝から頭が痛く、身体がだるい。
睡眠障害を抱える私は、寝不足ということはしょっちゅうあって、
睡眠2~3時間しか取れなかった翌日は、鈍く頭が痛いということもよくあるのです。
普段はそれでもめげずに遊んでいるのですが、今回のはちょっと違う。
ロキソニンも効かずに頭ズキズキ、生あくびが出る、身体中が鉛のように重い。


何より驚いたのは、本も読めず、PCもスマホも開く気になれないこと。
これは私にとっては非常に珍しい。
エアコンをガンガンに効かせたリビングのソファで、ひたすら寝転んでおりました。
タロウが時々遊んでくれとオモチャを咥えてやって来ますが、相手することもできない。
食事は家族の為にはなんとか作りましたが、自分は口当たりの良いものをほんの少々。
その夜は睡眠薬を多目に飲んで、早く休みました。


久しぶりにぐっすり寝た翌日曜は、大分元気になっていました。
ようやくPCを開いて、上のようなことをSNSにつぶやいたら、
そりゃ絶対熱中症だ!しっかり休まなくちゃ駄目だ!というコメントを多く頂いたので
昨日もおとなしく、家にいました。
で、バーナード・リーチの本を読んで、感想を上げた訳です。
もう読書もPCもスマホも平気。


「熱中症」というのは、暑い環境で生じる健康障害の総称なのですってね。
”気温の高い環境にいることで体温を調節する機能が狂ったり、体内の水分や塩分のバランスが
崩れたりすることで起こる、めまいや頭痛、けいれん、意識障害などの症状をまとめていう”
のだそうです。
自分はあんまり関係ないと思っていましたが、軽い熱中症だったのか。
軽度ですんで幸いでした。
皆さまもお気をつけ下さい。




コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「バーナード・リーチ日本絵日記」

2019年08月04日 | 

先週読んだ原田マハの「リーチ先生」、些か気になる所があって
実際にバーナード・リーチの日本での心情はどんなだったのかとの思いから、
「バーナード・リーチ日本絵日記」を読んでみました。
昭和28年、19年ぶりに日本を訪れた彼の日本滞在記。
原文は英語で書かれ、翻訳は柳宗悦です。
2年足らずの間に日本各地を訪れて講演、陶作活動を積極的に行い、
柳宗悦、濱田庄司、棟方志功、志賀直哉、鈴木大拙らと交遊を重ねた様子が子細に書かれています。

戦後日本の文化の混乱への、手厳しい批判も随所にあります。
街中に溢れる低級な音楽、無秩序なネオンや広告、まがいものの西洋建築。
”こんな山村でさえ、日本の婦人がみんな洋服を着て、まっすぐな黒髪にパーマをかけ、一日中働きながら、日本式ジャズという外国音楽に耳を傾けるとは、いったいどういうことなのか?
確かに奥床しい日本らしさの感情が失われて、日本自体の魂、生まれながらの権利が無視され、方向が変えられてしまったのだ”
”すべてがめちゃめちゃであべこべであり、本当の日本の「内面」などは全然ないーちょうど、まがい物の漆器に観られる陳腐な日本的意匠の、最も薄っぺらな虚飾そっくりだ”
という具合。
でも全体的には、日本文化への尊敬と愛情、藝術仲間への友人との友情、
自分を温かく迎えてくれる日本人への感謝の気持ちで溢れていました。

一番驚いたのは、
「リーチ先生」で架空の存在だと思っていた「亀之助」が出てきたこと。
”今日はまた思いがけないことに亀ちゃん(森亀之助)の従妹が私を訪ねてくれた。彼女が語る所によると、私たちは40年前に彼女の家を訪ねたことがあるという。彼女はまた亀ちゃんが肺病で彼の父親の家で息を引き取ったことを話してくれた。
気の毒な亀ちゃん!君の人生の目的はなんだったのだろう。
かつて君がまだ十三歳の頃、私のエッチング画の載っている新聞を片手に握りしめ、ぜひ私の弟子か下働きにしてくれと頼みにやって来なかったら、君の一生はもっと幸福だったのではなかろうか。
彼はいつも「そうじゃない」と言っていた。
あの頃私にもっと洞察力と将来への見通しがあったら、一文無しの子供が外国人のもとで藝術の修業をするということは、彼の将来をただ困難にするだけだということがきっと分かったに違いない。しかし、それに気が付いたのはその後二、三年してからで、時すでに遅かったのだ。
私は当時、その結果が早発性痴呆症やこのような孤独や失敗をもたらそうとは夢にも考えなかった。
亀ちゃんは藝術を愛し、ウィリアム・ブレークやセザンヌやゴッホを愛した。
そして、精神病院に引き取られる前には、うまい絵を何枚か描いた。
可哀想な亀ちゃん!”

亀之助が出て来るのはここだけ。
他には何の説明もありません。
この本の終りの方に、金沢の美術学校長である森田亀之助が筆者のもとを訪れ、二人の若い頃の思い出を語りに語ったとありますが、それはまた、全く別人であるようです。
原田マハは上の文章から触発されて「リーチ先生」に出て来る亀之助を生み出したのかしら?
謎です。

バーナード・リーチ日本絵日記

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「存在のない子供たち」

2019年08月02日 | 映画

レバノンから届いた、重い映画です。
ベイルートの貧民窟に暮らす、シリア難民の12歳の少年ゼイン。
12歳といっても、不法移民の親が出生届を出していないので、正確な数字は分からない。
つまり彼の存在は、社会的には認められていないのです。
怪し気な違法ドラッグを作る両親と何人もの弟妹たちと、その日暮らしをしている。
朝から晩まで路上の物売りなどで働かされ、スクールバスで学校に通う子供たちを眺める日々。
両親は子供たちと雑魚寝をしている所で欲望のままに身体を重ね、また次の子を作る。
仲良しの妹サハラの存在が、ゼインの唯一の支えだった。



まだ11歳、初潮を迎えたばかりの小さなサハラを、ニワトリと引き換えに
親は近所の中年男に嫁に出す。
泣いて嫌がるサハラ、ゼインも必死に止めようとするが、大人の力には敵わない。
絶望したゼインは家出をして彷徨った挙句、アフリカ難民の女性ラヒルと知り合って
彼女の赤ん坊を世話することで、なんとか身を寄せる場所を見つけたかに思えるが
ラヒルが突然、家に帰って来なくなる。
ゼインは乳飲み子と取り残され、必死に世話をするが…



ゼインが生まれ育った貧民窟の環境は過酷なものですが
なんといっても酷いのは、両親から一片の愛情も与えられなかったこと。
どんなに貧しくて劣悪な環境であっても、そこに愛情があれば救いがあったのに。
掘っ建て小屋の中で赤ん坊を必死に育てていたラヒルのように。
それがなかったから、ゼインは法廷に両親を訴えたのです。
「両親を訴えたい。僕を産んだ罪で」と。

この映画の出演者の殆どが、実際に不法移民などの素人なのだそうです。
ゼイン役の少年も、役同様に出生証明書も戸籍も持たないシリア難民で
読み書きができず、たった3文字の自分の名前も書けなかったのですって。
ゼインを拾ってくれたアフリカ難民のラヒル役の女性も、実際に難民で、
撮影中に不法移民として逮捕されたのだそうです。
監督が保証人となって保釈されたとかで、彼らの演技にリアリティがある筈です。



脚本・監督はナディーン・ラバキー、弁護士役で出演もしている写真の女性。
原題の「Capharnaüm」は、イエスが奇跡を起こしたが人々が悔い改めなかった街であり、
混沌、修羅場を意味するのだそうです。
第71回カンヌ国際映画祭でコンペティション部門審査員賞、エキュメニカル審査賞受賞。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Turkish Day

2019年08月01日 | お出かけ

代々木上原にある東京ジャーミーに行って来ました。
日本におけるイスラム教徒の最大の礼拝所であり、トルコ文化センターでもあるこちらのことは
トルコ人の友人に、以前から聞いていたのでした。



こちら、1938年にロシアからの亡命タタール人のモスクとして
建てられたのが始まりだそうです。
周りのビルや樹々に遮られて見えにくいが、白を基調とした美しいドーム型建物。
入口入って横にあるのは、伝統的なトルコ民家の応接間なのだそうです。
こちらでデーツ(なつめ)と冷たい水が、無料で頂けます。



ドームの内部の美しさには目を見張ります。
イスタンブールで訪れたアヤ・ソフィアやブルー・モスクを思い出しました。
こちらはずっと小さいけれど、伝統的なオスマントルコ様式そのままの
建築であり、装飾なのだそうです。



女性のお祈り場所は2階で、狭い螺旋階段を登ると、また別の景色が広がります。
イスラム教は男尊女卑のように誤解されがちだがそんなことはまったくない、
日本の宗教こそ、長らく女人禁制となっていた神社仏閣が山とあるではないかと
解説の方が声を張り上げていました。



せっかくトルコ文化にこれだけ浸ったのだからと
トルコ人の友人お勧めの、下北沢のトルコ料理店「ケバブ・シェフ」へ。
ケバブ料理は今や東京でもあちこちで見られるようになりましたが
この小さな店には、サバ・サンド(左上の写真)があるのです。
塩焼きにした鯖と、タマネギやトマトをフランスパンのような堅めのパンにはさんで
レモンをぎゅっと絞って頂く。
こうばしくて美味しい。
ボスポラス海峡を眺めながら屋台で食べた、サバ・サンドの味を思い出しました。




コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする