●鉄化合物の不思議
自然界の地下水が湧き出る場所(湧水や溝など)で褐色の沈殿物がしばしば見られるが、微生物が
作る酸化鉄の集合体で、従来美観を損ねて役に立たない不要物と思われていたが、岡山大学の高田
潤特任教授の研究グループが、この酸化鉄がリチウムイオン二次電池の負極材として優れた特性を
示すことを、世界で初めて発見、ユニークな充放電機構を明らかにしている(12 june 2014)。その
特徴は、微生物由来材料のリチウムイオン二次電池の負極特性を調べたところ、現行の負極材料(
炭素材料)の場合よりも約3倍も多くの電気容量をコンデンスし、充放電繰り返しても高い電気容
量が維持できる(大電流で充放電でも、高い電気容量を示す。(下図2))。そして、微生物由来
の酸化鉄ということで、リチウムイオン二次電池の負極の原料(活物質)などとして、低コストか
つエコな材料である。つまり、培養液成分の鉄とシリコンの比率を調整すると、自然界にない鉄/
シリコンの比率を持ったまったく新しい酸化鉄チューブを人為的に作ることが出来る。これらの培
養系の酸化鉄は、この比率の変化に伴ってナノ構造を制御できる可能性があり、充放電特性がさら
に向上することが期待できるので、新規な高性能なキャパシターなど充電器や電池、電極として定
着していく可能性がある。
ナノチューブといえばカーボンがそのコアとして考えられているが、金属あるいは非金属系でも形
成できる可能性があり、これらの新規な形状物から、新しい特性を発見できる選択肢が増えること
が予兆される傍ら、鉄といえば建築構造物や重工業の基幹物質には違いないが、新世紀の量子スケ
ールデバイス時代に入り、新しい鉄系化合物の機能が発見されている。液晶表示器などに使われて
いる省エネ電極物質IGZO(透明なアモルファス酸化物半導体In-Ga-ZnO4)を発明した細野秀雄東京
工業大学教授らのグループが、層状セレン化合物TlFe1.6Se2(Tl:タリウム、Fe:鉄、Se:セレン)
に着目し、電気二重層トランジスタ構造を利用して、外部電界の印加によって、超伝導現象の予兆
とも言える金属に近い状態まで相転移させることに成功している(04 march 2014)。それによると
鉄系層状物質は世界初の電界誘起相転移の観察となり、トランジスタ構造を利用したキャリア生成
方法は、一般的な不純物の添加によるキャリア生成と異なり、自由にかつ広範囲にキャリア濃度が
制御でき、元素置換のキャリア添加不可能な物質でも適用が可能であり、鉄系層状物質でより高い
超伝導転移温度を実現できる方法として期待されている。
●光触媒設計向け新計測法
オプトエレクトロニクス領域でもまた新たな計測法が発明されている。正岡重行自然科学研究機構
分子科学研究所准教授らは、光励起分子の電子授受の難易度を直接測定することに成功したという。
電気化学測定法に、溶液の対流を抑制するなどの工夫を加え、光励起分子の酸化還元電位を測定。
光励起は、光触媒を利用した人工光合成反応などのきっかけになり、高機能の光触媒を設計する新
測定方法として活用期待されている(14 june 2014)。
測定原理は至って簡単だが、下図2のように、通常の電気化学測定法を利用した場合、物質の光吸
収ではなく、光照射に伴い生じる溶液の対流によってノイズが発生し、酸化還元電位の決定が困難
になることが明らかにする。そこで、そのようなノイズが生じない測定条件を検討した結果、簡便
な条件(電極の高速回転、速い電位走査、あるいは溶液層の薄層化)を適用するのみでノイズを抑
制する。続いて、光照射により変化が起こる分子の測定を行った。具体的には、安定な光励起状態
をとることが知られているルテニウムトリスビピリジン錯体(Ru(bpy)32+)を測定対象としノイズ
が生じない条件で、溶液層の薄層化で光励起分子を効率よく捉えることが可能となり、Ru(bpy)32+
の光励起状態に由来する電流の観測とその電位の測定に成功する(図2)。
この光電気化学測定法が確立すれば、光触媒探索の選択しが広がり、人工光合成をはじめ、エネル
ギー変換反応の分野やその他の光反応化学に大きな影響を与えることが期待されだろう。
The Police Every Breath You Take
淡々とした散文ふうな語りのイントロから「エムの死を知らされたとき、僕は自分を世界で二番目
に孤独な男だと感じることになる」との独白ふうな語りにより本編は、ワン・テンションまた違っ
た世界に上がって、今夜もまたスロー・リードする。
でも逆に言えば、エムはそれ以来いたるところにいる。いたるところに見受けられる。彼女
はいろんな場所に含まれ、いろんな時間に含まれ、いろんな人に含まれている。僕にはそれが
わかる。僕は消しゴムの半分をビニール袋に入れ、いつも大事に持ち歩いていた。まるで何か
の護符のように。方角を測るコンパスのように。それさえポケットにあれば、この世界のどこ
かで、いつかエムを見つけ出せるだろう。僕はそう信じていた。彼女は水夫の世慣れた甘言に
騙され、大きな船に乗せられ、遠いところに連れて行かれただけなのだ。彼女は常に何かを信
じようとする人だったから。新しい消しゴムを戸惑いもなく二つに割って、その半分を差し出
す人だったから。
僕はいろんな場所から、いろんな人から、彼女のかけらを少しでも手に入れようとする。し
かしもちろんそれはただのかけらに過ぎない。どれだけ多くを集めても、かけらはかけらだ。
彼女の核心は常に蜃気楼のように逃げ去っていく。そして地平線は無限だ。水平線もまた。僕
はそれを追って忙しく移動を続ける。ボンベイまで、ケープタウンまで、レイキャビクまで、
そしてバハマまで。港を持つすべての都市を僕は巡る。でも僕がそこに辿り着いたとき、彼女
は既に姿をくらませている。乱れたベッドには彼女の温もりがまだ微かに残っている。彼女の
巻いていた渦巻きの模様のスカーフが、椅子の背にかかったままになっている。読みかけの本
がテーブルの上に、ページを開いたまま伏せてある。洗面所には生乾きのストッキングが干し
てある。でも彼女はもういない。世界中のはしっこい船乗りたちが僕の気配を嗅ぎつけ、彼女
をすばやくどこかに連れ去って、隠してしまうのだ。もちろん僕はそのときもう十四歳ではな
くなっている。僕はより日焼けし、よりタフになっている。髭も濃くなり、暗喩と明喩の違い
も見分けられるようになっている。でも僕のある部分は、まだ変わることなく十四歳だ。そし
て僕の永遠の一部である十四歳の僕は、優しい西風が僕の無垢な性器を撫でるのを辛抱強く待
っている。そのような西風が吹くところにはきっとエムがいるはずだ。
それが僕にとってのエムだった。
ひとつの場所に落ち着ける女性ではない。
しかし自らの命を絶つようなタイプでもない。
自分がここでいったい何を言おうとしているのか、僕自身にもよくわからない。僕はたぶん
事実ではない本質を書こうとしているのだろう。でも事実ではない本質を書くのは、月の裏側
で誰かと待ち合わせをするようなものだ。真っ暗で、目印もない。おまけに広すぎる。僕が言
いたいのは、とにかくエムは僕が十四歳のときに恋に落ちるべき女性であったということだ。
でも僕が実際に彼女と恋に落ちたのはずっとあとのことで、そのときには彼女は(残念なが
ら)もう十四歳ではなかった。僕らは出会いの時期を間違えたのだ。待ち合わせの日にちを間
違えるみたいに。時刻と場所は合っている。でも日にちが違う。
しかしエムの中にも、まだ十四歳の少女が住んでいた。その少女はひとつの総体として――
決して部分的にではなく――彼女の中にいた。注意深く目を凝らせば、僕はエムの中を行き来
するその少女の姿をちらちらとかいま見ることができた。僕と交わっているとき、彼女は僕の
腕の中でひどく年老いたり、少女になったりした。彼女はそのようにいつも個人的な時間を行
き来していた。僕はそういう彼女が好きだった。僕はそんなとき、思いきり強くエムを抱きし
めて、彼女を痛がらせた。僕は少し力が強すぎたかもしれない。でもそうしないわけにはいか
なかったのだ。僕はそんな彼女をどこにもやりたくなかったから。
でももちろん僕が再び彼女を失う時はやってきた。だって世界中の船乗りたちが彼女をつけ
狙っているのだ。僕一人で護りきれるわけがない。誰だってちょっとくらい目を離すことはあ
る。眠らなくてはならないし、洗面所にもいかなくてはならない。バスタブだって洗わなくて
はならない。玉葱を刻んだり、イングンのへたをとったりもする。車のタイヤの空気圧をチェ
ックする必要もある。そのようにして僕らは離ればなれになった。というか、彼女が僕から去
っていったのだ。そこにはもちろん水夫の確かな影がある。それ自体が単身、ビルの壁をする
する這い上がっていくような濃密で自律的な影だ。バスタブや玉葱や空気圧は、その影が画鋲
のように振りまくメタファーのかけらに過ぎない。
彼女が去り、どれほど僕がその時に襖悩したか、どれほど深い淵に沈んだか、きっと誰にも
わからないだろう。いや、わかるわけはない。僕自身にだってよく思い出せないくらいなのだ
から。どれほど僕は苦しんだのか? どれほど僕は胸を痛めたのか? 哀しみを簡単に正確に
計測できる機械がこの世界にあるといいのだけれど。そうすれば数字にしてあとに残しておけ
たのだ。その機械が手のひらに載るほどの大きさのものであればいうことない。僕はタイヤの
空気圧を測るたびに、そんなことを考えてしまう。
そして結局のところ、彼女は死んでしまった。真夜中の電話が僕にそれを教えてくれる。そ
の場所も手段も理由も目的も、僕にはわからないけれど、エムはとにかく自らの命を絶とうと
決心し、それを実行したのだ。そしてこの現実の世界から(おそらく)静かに退出していった。
たとえ世界中の水夫をもってしても、そのすべての巧みな柱石をもってしても、エムを深い黄
泉の国から救い出すことは――あるいは拐かすことだって――もうできない。真夜中に注意深
く耳を澄ませばきっとあなたにも、水夫たちの弔いの歌が遠くに聴き取れるだろう。
そして彼女の死と共に、僕は十四歳のときの僕自身を永遠に失ってしまったような気がする。
野球チームの背番号の永久欠番みたいに、僕の人生からは十四歳という部分が根こそぎ持ち去
られている。それはどこかの頑丈な金庫に仕舞い込まれ、複雑な鍵をかけられ、海の底に沈め
られてしまった。たぶんこれから十億年くらい、その扉が開かれることはあるまい。アンモナ
イトとシーラカンスがそれを寡黙に見守っている。素敵な西風ももうすっかり止んでしまった。
世界中の水夫たちが彼女の死を心から悼んでいる。そして世界中の反水夫たちもまた。
エムの死を知らされたとき、僕は自分を世界で二番目に孤独な男だと感じることになる。
村上春樹 著 『女のいない男たち』(書き下ろし/文藝春秋)
この項つづく
防衛省は、防衛産業を、育成強化するための「防衛生産・技術基盤戦略」をまとめ、国際共同開
発・生産を推進する方針を明記した。武器輸出の新ルールを定めた防衛装備移転三原則が4月に
閣議決定されたことを踏まえ、防衛装備品の調達コストを削減するのが狙い。昭和45年の防衛
庁長官決定で「国産化方針」を定めて以降、44年ぶりの見直しをおこなった。具体的な方向性
では、日本企業が国際共同生産に参画するF35戦闘機に関し、アジア太平洋地域の整備拠点を
国内に設置するよう関係国と調整する。戦闘機開発分野での国際共同開発を検討し、他の先進国
より技術面で遅れている無人航空機については研究開発ビジョンを策定。護衛艦の設計を共通化
し、複数艦を一括発注する制度も検討するという(20 june 2014)。
それにしても領土問題というのはきな臭い話。一度走り出したら、関係国々民の血を贖い続けて
止めることはできない。真に愚劣なり、憂鬱なり。
話はそのことではない。夏至を越えるこの日は次男の誕生日。あまりのマイペースぶりにイライ
ラが極限に達し、その後沈静化に向かわせたのはよいが、日が短くなると言うのに太陽は青天井
のように輝き増すかのようだ。だから、夏至越えは憂鬱なのだ。