だんざん神社と呼んでましたが、まぁそれでも通じますけど、今は神社側も「たんざん」とにごらないそうです。
この談山神社について、2017-11-05に以下の記録残してます。
「藤原定慧が唐からの帰国の際に持ち帰ったといわれる談山神社の菴羅樹(安蘭樹)が当初よりカリンであったとするならば、・・・」
カリンは喘息に効くと聞いてたので興味持ってました。
いつか談山神社行くことあったらその木を見たいと思ってましたのに、桜ですっかり忘れてた。
次行くことあればちゃんと確かめたいので、調べたことを残しておきます。
菴羅樹は、カリンによく似ているが、桃の様な甘酸っぱい香がして触るといつまでもいい香がするらしい。
菴羅樹は花梨の意味。花がピンク色。釈迦が維摩経を説いた木でもあるそうです。
どうやら花梨の原種で、花梨のような実であるが成分が違うとも書かれてました。
以下の画像はすべてネットからいただいてきました。
どこに在るのか調べてやっとわかりました。
本殿左側の昔からの鶴の手水舎の後ろでした。
知らないと見逃してしまいますね。
菴羅樹(あんらじゅ)
鎌足公長男、定慧(じょうえ)和尚が、唐の国より持ち帰られた霊木と伝える。
(釈迢空)
人過ぎて 思ふすべなし。 伝え来し 常世の木の実 古木となれり
歌人の釈迢空は、民俗学者の折口信夫博士でした。
折口信夫博士と多武峰
釈超空こと折口信夫博士は大阪生まれ(1887~1953)祖父が飛鳥の出身だったことから、大和を愛し、少年の時から、当地をたびたび訪れました。博士は多武峰に天降った神(まれびと)が香具山に到るという神の道すじを実感されたのです。・・・
現代人は日本人の情緒と原理を見失っていると言われています。それは折口博士に言わせれば「日本人の神の喪失」に尽きる、ということになりましょう。
この歌碑の前に立つ人たちは、民族の将来を考え、そして自己再発見のこころの旅立ちを、今、ここからはじめていただきたいと思います。
一部引用
「古代から神聖視されてきた香久山は、多武峰の端山、尾根続きの山です。神は多武峰に天下った後、尾根を降って香久山へ至り、そこで祭祀が行われたわけです。
国文・民俗学者の折口信夫は、舒明天皇が香久山で国見を行ったことについて(『万葉集』)、多武峰に意識を向けているのだと述べています。天孫降臨に見られる、神が垂直に降りてこられるスタイルを、地形として持っているのが多武峰なのです。」