ニューヨーク・ハードコアジャズ・シーンの「今ここにあるリアルジャズ(Jazz Right Now)」を視ていると、ブルックリンを中心に様々なミュージシャンがキラ星の如く煌めき、国内外からの訪問者や居留者(レジデンシー)と交歓を繰り返しながら、即興音楽の新章を産む創造の坩堝のリンゴ(Big Apple)の中から、他者との対話から一時離脱して、自分独りで唯我独尊、我が道を追求する流れが目立つことに気がつく。いわゆるソロ作品は、かつては個々の個人が一個人として個別に個性を発揮する作風が多かったが、21世紀以降の機材やPCの進化で多重録音やマルチ演奏が一般的になった現在、孤城のように孤立した孤独な魂がお互いの孤高を維持したままで契りを交わす誓約書の象徴として重要な意義を持ち得るようになった。それは時代の要請であり必然である。則ちソロ演奏・ソロ作品が単なる分裂した『個』ではなく、屹立する『孤』の共同体として機能する時代が到来したのである。かつては忌み嫌われた孤独が、創造性の泉として賞賛されるべきものへと向かいつつある2015年6月9日午前0時20分現在、NYハードコアジャズ・シーンから発信されたソロ作品を吟味することで、孤立とはひとりぼっちではない、という真理が詳らかにされるに違いない。
●パスカル・ニゲンケンペル Pascal Niggenkemper(b)
ドイツ生まれ、ブルックリン在住のベーシスト、パスカル・ニゲンケンペルのソロ・アルバム。リーダー(Vision 7)、コラボレーション(PascAli)、そしてサイドマン(ハリス・アイゼンシュタットのゴールデン・ステーツ、ネイト・ウーリー=デイヴ・レンピス・カルテット)のいずれに於いても才能を現してきた。『ルック・ウィズ・ザイン・イアーズ(汝の耳で見よ)』は彼の初めてのソロ・アルバムであり、ベースの音響的可能性を拡大する試みである。しかしそこに留まりはしない。ニゲンケンペルは鋭い音楽センスを持つ熟練したプレイヤーであり、あらゆるベース奏法テクニックを駆使して深遠なサウンドスケープを創造し、ベテラン・リスナーをも驚かすのである。常に多層的で、複雑で、角張って、鋭利なこのアルバムは、演奏に使われる素材の幅広さだけでも、リスナーに対する挑戦といえる。各曲が全く新しい方向を持ち、ガラガラしたメタリックな摩擦音の芳醇な弓弾きから、一つの楽器から出ているとは信じ難いほど逞しく凶暴なロック・リフまで、無限の幅を持つ。このレコードは、革新的ベースの次世代の展望に興味を持つ人すべてにアピールするだろう。
『ルック・ウィズ・ザイン・イアーズ Look with Thine Ears』 (Clean Feed)
⇒公式サイト
●マイク・プライド Mike Pride(ds)
夢想家のドラマー、マイク・プライド 初のソロ・アルバム。厚く列を成すドラム類を縦横無尽に奏でる驚異的な才能、またはプライドが自ら記しているように「大量のパーカッションへの強迫観念」を露わにしている。スタジオで無限と思える長時間を孤独なレコーディングに費やし、生まれた60曲を越えるトラックの中から18曲をアルバム用に選んだ。スロヴァニアの前衛パンク音楽家ドゥシャン・ヘドゥルとの共演にインスパイアされ、プライドは聴き手がソロ・ドラム・レコードから想像する先入観を覆す、美学的に美味しい即興演奏を味わえるサウンドを制作した。
『リスニング・パ-ティ(Listening Party)』(Akord Records)
●アンドリュー・ドゥルーリー Andrew Drury(ds)
アンドリュー・ドゥルーリーの『ザ・ドラム』というシンプルなタイトルのレコード。全編フロア・タムだけで演奏された、より語彙構築的なアルバムである。様々なオブジェ、例えば木片や金属塊、ブラシや電動ドリルなどを駆使して、あたかもドラムを愛撫し虐めるように音響を鳴らし続ける執拗さは、ドラムと同じ視線で対峙する『孤』対『孤』の鬩ぎ合いである。マイク・プライドに比べて多様性は少ないが、それゆえドゥルーリーは我々の感覚の可能性を拡大する。
『ザ・ドラム The Drum』 (Soup & Sound Recordings)
⇒試聴サイト
●クリス・ピッツイオコス Chris Pitsiokos(alto sax)
NYハードコアジャズ界の風雲児、アルトサックス奏者クリス・ピッツイオコス。2012年春ブルックリンの音楽シーンに登場して丸3年、20代半ばの若き獅子は順調に活動の幅を広げ、リリース作も4作を数える。自己のトリオ、クリス・ピッツイオコス・トリオ(マックス・ジョンソン b、ケヴィン・シェイ ds)のデビュー作『Gordiane Twine』のリリースを7月10日に控えたピッツイオコスが、配信のみで発表したソロ・アルバム。『忘却/恍惚』と題した本作は6つのトラックからなる。2014年6月に一発録音された音源を全く編集加工なしで収録。高周波のフリークトーン、気配のみの無音演奏や、息継ぎなしのミニマル音響、ラストはサックスではなく爆音フィードバックノイズ。"サックスを支配するのでは無く、サックス自身が鳴りたがる音を導きだす”と自らの演奏姿勢を表現するピッツイオコスの『孤』性を明らかにする孤高作。6曲のタイトルを並べると「Ecstasy is the thread between order and oblivion. I spin it.(エクスタシーは秩序と忘却の間を結ぶ糸である。私はそれを紡ぐ)」。ピッツイオコスのアルトはエクスタシーへの導きなのだ。
『オブリビオン/エクスタシー Oblivion/Ecstasy』
⇒試聴/ダウンロードサイト
独りでも
みんながいるし
仲間だもん
▼メガネ女子ギタリスト、メアリー・ハルヴァーソンも今秋ソロ・アルバムをリリース予定。