
筆者がサックスを始めた表向きの理由はナベサダこと渡辺貞夫のラジオ番組にあるのだが、心の底に沈殿した記憶の泥を落としてみると裏の理由のサム“ザ・マン”テイラーの「ハーレム・ノクターン」のメロディが聴こえてくる。幼少の頃、父のクラシックのレコードコレクションの中に一枚だけ金髪のお姉さんが下着で佇む写真のレコードを見つけて、見てはイケないものとわかっていたが、親のいない隙にそっと取り出して眺めてはドキドキしていた。レコード棚を勝手に触ったら怒られるので、そっと元の場所に戻しておいたが、並べる角度のちょっとした違いでバレやしないかと、これまたドキドキしたものだ。当然ながら聴くことも適わないので、どんな音楽が入っているかは知る由もなかったが「サム・テイラー」という名前だけはしっかり心に刻まれた。小学4年生の頃だっただろうか、昼のFMラジオでサム・テイラーの曲が流れた。直ぐにあの下着のお姉さんを思い出したが、咽び泣くサックスの調べは、白いランジェリー以上にスケベでヤバい音楽に聴こえた。その頃学校の男子の間で「セックス」という言葉が囁かれていて、奥手な筆者でも何か途轍もなくいやらしい意味だと悟っていたこともあり、響きの似た「サックス」もエッチな楽器というイメージを抱いたのかもしれない。
サム・テイラー/ハーレムノクターン
渡辺貞夫に憧れて中学のブラスバンドでサックスを吹き始めた頃は、経験はないがセックスの夢想は広がる一方だった。しかし不思議とサックスに色っぽい妄想を感じることはなかった。高校でバリトンサックス担当になり、同学年のアルトサックスの女子に儚い恋心を抱いたことはあったがプラトニックどころか手を繋ぐこともなく散って行った。一浪して大学に入学したときは自分のサックスを手に入れてフリージャズをやることを心に決めていた。それは異性や性欲とは関係のない(深層心理ではあったかもしれないが)、純粋な自己表現の欲求だった。並行してやっていたロックバンドでは女子にモテることを意識していた(モテるためにやっていたのではない、と思う)が、吉祥寺の地下倶楽部でサックスを吹くときは、そんなことは露ほども思わなかった。そもそもぎゃていに女子は滅多に来なかったし、来たとしても相当変わった女ばかりで、話についていくだけでも大変だった。

それから35年経った今もサックスを愛し続けているのは、幼少期の儚いエロスへの憧憬か、それとも二十歳前後にストイックを気取って童貞を貫いてしまったことへの後悔か。いずれにせよサックスを聴くことと下着のお姉さんを愛でることは全く別の時間軸の出来事であることだけはよく分かった。そんな2017年に聴くべきサックス演奏家を紹介しよう。
●山口正顯・渡辺生死 duo 『砂山』

山口正顯 (tenor.sax, clarinet, bass-clarinet)
渡辺生死 (drums, percussions)
1961年生まれの山口正顯(やまぐち しょうけん)は菊地成孔および津上研太に師事、テナーサックスとバスクラリネットを中心に様々なリード楽器を扱う。New Jazz Syndicate参加以降、フリージャズのステージに立ってきた。1950年生まれの渡辺生死(わたなべ しょうじ)は、学生時代に山崎弘にドラムを師事、米軍基地における演奏などのプロミュージシャンとしての活動後、10年ほどのブランクを経てフリージャズを中心に活動するドラム/パーカッション奏者。長きにわたって東京のフリージャズのメッカのひとつである高円寺グッドマンへのレギュラー出演を続けているこのデュオ、フリーフォーム特有の圧力と速度感を保ちながら、「砂山」「赤蜻蛉」「Danny Boy」「Summer Time」「You don't know what love is」などの古い歌音楽のメロディを織り交ぜ、独特の詩情をたたえる音を奏でる。2016年10月13日録音。
CD "Yamaguchi Schoken & Watanabe Shouji duo / sunayama" PV
●François Carrier, Michel Lambert, Alexey Lapin『Freedom is Space for the Spirit』

François Carrier フランソワ・キャリエール (sax)
Michel Lambert ミシェル・ランベール (perc)
Alexey Lapin アレクセイ・ラパン (p)
カナダのアルト・サックス奏者フランソワ・キャリエールとドラマーのミシェル・ランベールはここ6年間に4回ロシアを訪れ、セント・ペテルスブルグのピアニスト、アレクセイ・ラパンと共演を重ねてきた。最初のトリオ三部作を2012年にリリース、続いて2014年にFMRレコードから『The Russian Concerts Vol. 1 & Vol. 2』をリリースし広く評価された。そして2017年にこのユニークなトリオの6作目『Freedom is Space for the Spirit(自由は魂の余白)』をFMRよりリリースした。人類は興味深く魅惑的。無限の可能性とポジティブは創造性に満ちている。また人生を自然な形よりも難しくしてしまうことで知られる宇宙で唯一の存在である。旅は開放感を刺激する。 開放感は驚きを目覚めさせる。 その後、音楽が発生する。 音楽はいつもここにある。 注意力は、インスピレーションと創造性への道である。
Francois Carrier, Michel Lambert, Alexey Lapin - GEZ 100
●Soon Kim・井野信義・ 北陽一郎『Hotel the Strasse』

Soon Kim (alto sax)
井野信義 (bass)
北陽一郎 (trumpet, piccolo tp)
日本をはじめ、アメリカ・カナダなどの北米、ドイツ・フランス・イタリアなどのヨーロッパで活躍するSoon Kim(a.sax)、井野信義(bass)、北陽一郎(tp)の3人によるフリー・インプロヴィゼーションという形式の音のコミュニケーション。 ときに現代音楽風、ときにフリージャズ風、
ときに民族音楽風と音楽が次々と移り変わり、一方向のみの音楽感ではなく広がりのある音楽感を出している。これから多くの可能性を互いに出し合って行く意気込みが感じられ、今後の活躍が期待される。2012年2月&2013年3月録音。
KIK Live 2nd Stage #1 (2015/6/11)
●Julie Kjær 3 ft. John Edwards & Steve Noble

Julie Kjær ジュリー・キアー/ alto saxophone
John Edwards ジョン・エドワーズ/ double bass
Steve Noble スティーヴ・ノーブル/ drums
デンマーク出身の女性サックス奏者ジュリー・キアーはジャンゴ・ベイツやポール・ニルセン・ラヴのラージ・アンサンブルのメンバーとして世界中をツアーする。イギリスのニュージャズ界を代表するジョン・エドワーズとスティーヴ・ノーブルの夢のリズムセクションが、キアーの創造性溢れる楽曲に鮮やかな色と影を加える。表面的な技巧だけでなく微細に内観し、トリオは馴染み深いフックや軽快なリズムに満ちた別世界のランドスケープを描き出し、祝祭的な空気を生む。2015年1月12日ロンドン・Cafe OTOでのライヴ録音。
Julie Kjær 3 feat. John Edwards & Steve Noble - part 1 @ Jazzhouse, Copenhagen (28th of April, 2016)
サックスの
セックスアピール
プロテクト
●Chris Pitsiokos CP Unit

忘れてはいけないNYシーン最注目のクリス・ピッツイオコス。盟友ウィーゼル・ウォルターと組んだCP Unit初のプロモーションビデオが完成した。20年代のシュールリアリズム無声映画を彷彿させる実験映像が、有機と無機を攪乱するパラノ演奏と妖艶にマッチして、心の隅の暗い部分をサーチライトのように照らし出す。ピッツイオコスの音楽は21世紀の精神分析音楽療法を誘発するプラズマイオン現象と呼んで然りである。
Chris Pitsiokos クリス・ピッツイオコス: alto saxophone/compositions
Brandon Seabrook ブランドン・シーブルック: electric guitar
Tim Dahl ティム・ダール: electric bass
Weasel Walter ウィーゼル・ウォルター: drums
Music video by Richard Lenz
CP Unit: Guillotine