浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

ギャンブル依存症

2024-06-05 22:12:17 | 社会

 今日の『東京新聞』の「考える広場」は「ギャンブルの魔力は?」である。

 私はギャンブルはやらない。ギャンブルは、胴元が儲ける仕組みになっていると思うからである。

 三人の意見が並んでいるが、ひとりは実際にギャンブル依存症になった方のそれである。その方は、パチンコをはじめてやったときに、勝ってしまった。その成功体験がその後の人生を狂わせた。

 私も、従兄に誘われて一度だけやったことがあるが、勝ったか負けたかも覚えていない。あまり面白いものではなかったと言う記憶がある。高校の友人がパチンコ屋に養子に入ったので、彼を訪ねてみたことがあった。その頃のパチンコは釘の状態で玉が出る、出ないをコントロールできるということで、毎晩閉店後にその作業をやること、そしてどれくらい一日現金が入るかを教えてもらった。その結果、ぜったいにやってはいけないものだと認識した。

 さて作家で、精神科医の帚木蓬生氏は、「ギャンブル依存症は日本人の国民病」だという。200万人が依存症になっていて、その中から身を滅ぼす人がたくさんでている。だからギャンブルは刑法で禁止されているのだが、競馬、競艇、競輪、オートレース、宝くじ、スポーツ振興くじが「公的」に認められていて、日本は「ギャンブル依存国家」だと指摘する。

 そしてパチンコ。全国で7千店ある。パチンコ業界には警察官の天下り先だ。

 パチンコと公営ギャンブルの売り上げが20兆円、マカオのカジノの売り上げが3兆円、日本はまさしくギャンブル大国、これにカジノが加わろうとしている。

 日本国民に、さらにギャンブルの渦中に放り込もうという政治家たち。絶望的な日本としかいいようがない。

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墓がなくなった

2024-06-05 12:54:55 | 日記

 今日午前中、寺から完全に墓を撤去した。父の墓は、三段になっていて、もちろん上は字が彫られている。それはそのまま、愛知県の山寺に運ばれる。下二段は、重量があるので割った。ドリルで穴を開け、そこに楔を打ち込む。すると、パシッと割れるのだ。

 御影石で、なかなか綺麗な石だったが、もう墓のあとはあたらしい小石を入れて跡形もなくなった。

 菩提寺には、墓じまいされたところがあり、歯が抜けたようになっている。

 仏の教えは、万人救済のはずであったが、現在の日本仏教は、多くのカネ儲け坊主が「活躍」しているため、万人からカネをとることだけを考えている。そのため愛想を尽かした人びとが寺院、仏教から離れている。こうした姿は、かなり前からみられているが、仏教界はあまり関心がないようだ。

 今からしばらく団塊の世代がこの世から去っていくから、坊さんや葬祭業者、霊園経営者はウハウハだろう。しかしそのあとに来るのは、人口減少の世界。宗教法人の名を借りているのだろうが、民間の霊園経営はいずれ破綻することだろう。

 石屋さんが言っていたが、現在の墓石は中国から輸入されるようで、墓石の字はコンピューターが刻むのだそうだ。

 時代は変わる。宗教意識も変わっていく。寺院は廃れていく。

 

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