暴力は、人間の命を奪う。1980年5月の光州では、多くの市民の命が奪われた。奪った者たちははっきりしている。全斗煥の命令の下に、光州市民を殺しに来た殺人軍隊である。
『少年が来る』の少年、トンホと友だちのパク・チョンデは殺された。チョンデの方が早かった。チョンデの姉・チョンミも殺された。いつどこでかはわからない。
そのチョンデを探して、トンホは遺体置き場に行く。そして、そこで手伝いをするようになる。そのとき知り合ったのは、イム・ソンジュ姉さん、キム・ウンスク姉さん、キム・チンス兄さんであった。
トンホは、チンス兄さんらとともに、道庁に残った。中学生のトンホは、母やソンジュ姉さんらから家に帰るように言われたのに、道庁に残った。
道庁を襲撃していた軍人たちに、チンス兄さんらは銃口を向けなかった。そして捕まった。トンホはほかの若い高校生らと、両手を挙げて道庁からでてきたときに、軍人に射殺された。
チンスは、囚われの身となり、激しい拷問にあった。激しい拷問が、彼の肉体を傷つけ、精神をも傷つけた。生きていくことが困難となって、彼は自死した。
ウンスク姉さんも生き延びた。あの夜、ウンスク姉さんらは病院にいた。事件後、大学に行ったりしたが中退して出版社に勤めた。しかし、事件の記憶は、決して消えることはなかった。彼女も、精神に大きな傷を受けていた。
ソンジュ姉さんは、光州市内で軍隊に囚われた。そして激しい拷問を受けた。釈放されたあと、労働運動の経験があるソンジュ姉さんは、その関係の事務所に勤めたが、その後テープ起こしの会社に入る。ソンジュ姉さんは、事務所の人びとと打ち解けることなく働く。
ソンジュ姉さんも、肉体と精神に大きな傷をもっている。
暴力は、人間の命を奪う。吹き荒れる暴力のなかで、なんとか生き延びた人びとは、それぞれが肉体と精神に、深い、深い傷を負ったまま生きざるを得ない。
チンス兄さんと共に道庁にこもり、軍隊に囚われ、生き残った「私」に、ハン・ガンは、こう語らせる。
私は闘っています。日々一人で闘っています。生き残ったという、まだ生きているという恥辱と闘うのです。私が人間だという事実と闘うのです。死だけが予定を繰り上げてその事実から抜け出す唯一の道なのだという思いと闘っているのです。(165頁)
生き残ることが出来たとしても、いつも死を意識しながら生きていかなければならない苦しさ。人間というものに、深い懐疑を抱いてしまった苦しさ。
ソンジュ姉さんは、トンホがどのように殺されたのかを、釈放されてから知る。
君は道庁の中庭に横たわっていた。銃撃の反動で、腕と足が交差して長く伸びていた。顔と胸は空を向き、両足はそれとは逆向きに開いた状態で、その爪先は地面を向いていた。脇腹が激しくねじれたその姿が、いまわの際の苦痛を物語っていた。つまりあの夏に君は死んでいたのね。私の体がとめどなく血をあふれ出させているとき、君の体は地中で猛烈に腐っていたのね。(211~2頁)
ソンジュ姉さんは、トンホに命が助けられたと思う。何によってか。「心臓が破けるような苦痛の力、怒りの力で」。
『少年が来る』は、暴力を振るわれた人間たちの「怒り」についてはほとんど触れていない。しかし、表現されなくとも、「怒り」は、静かな力となって存在していたはずだ。ただ、その「怒り」は、暴力とつながらない。
暴力が、いかに人間を破壊するかーハン・ガンは、光州で実際に起きたことをもとに、フィクションのなかに編み上げた。
『少年が来る』を二度読んだ。読み終えたとき、モーツァルトの「レクイエム」を聴きたくなった。それを聴きながら、パソコンを打っている。
1980年5月、光州でおきたことを知れば知るほど、「人間は、根本的に残忍な存在なのですか?」(163頁)という問いに、そうではないよ、と言えない自分を発見する。だからKyrie eleison(主よ、憐れみたまえ) を聴きたくなったのだ。