6月15日、今年も弊社会議室にて第64回燮会を開催しました。燮会は交渉アナリスト1級会員のための交渉勉強会です。昨年は5月開催でしたが、今年は6月に戻りました。今回で8回目の横浜開催、過去の開催内容は、下記をご覧ください。
【過去の横浜開催】
第60回燮会
第55回燮会
第48回燮会
第42回燮会
第37回燮会
第32回燮会
第27回燮会
さて、今年は全部で4部構成。いつもの理論研究と、通常の燮会より多くの時間が取れることを活かしての、1級会員による事例発表3本立てでした。
第1部:「交渉理論研究」第23回「統合型交渉の理論(3)」
第1部は、定例の「交渉理論研究」、第23回。「統合型交渉の理論(3)」と題して、お話しさせていただきました。
本題に入る前に、岐阜大学の佐藤幹晃氏、寺田和憲氏、南カリフォルニア大学のジョナサン・グラッチ氏による論文“Teaching reverse appraisal to improve negotiation skills”を要約したスライドをご覧いただきました。というのも、前々回「統合型交渉の理論(1)」において、統合型交渉における合意可能範囲(ZOPA)が何故扇形になるのを示しましたが、当論文の実験で使われた交渉シミュレーション(最後通牒ゲーム)のサンプル動画が、これをビジュアルで理解するのに非常に分かりやすかったからです。論文も非常に興味深いものでした。
さて、本題です。前回までで統合型交渉の理論的基礎は終わりましたので、今回は以下の点についてお話ししました。
1.(交渉ロールプレイの合意の分布から)現実の交渉では多くの交渉者がテーブルに価値を残してしまう
2.対策:「合意後の合意」による価値創造
3.統合型交渉を阻むバイアスについて(ゼロサムバイアス、反射的価値下げ、社会的効用、根本的帰属の誤り)
第2部:「南大洋州島嶼国でのインフラ構築提案における交渉」
第2部からは1級会員による事例発表。まず、北川敬司さんより、「南大洋州島嶼国でのインフラ構築提案における交渉」と題して、大規模なプロジェクトをめぐる国際交渉の事例についてお話しいただきました。
ある南の島に対し、北川さんの会社では大規模な太陽光発電施設の提案を行いました。その島は、南洋の小さな島国であるがゆえに、不安定な電力供給に悩まされていました。しかし、これといった資源は持たないものの、太陽光だけは豊富であったので、提案に至ったという訳です。「授人以魚 不如授人以漁((飢えた)人に魚を与えることは、漁を教えるのに及ばない)」という格言がありますが、北川さんらは、ただインフラを整備するのではなく、その島がその先も自立的に運用できるよう、「島の人たちが自ら成長できること」をテーマに、
① 可能な限り現地の資材を使う
② できるだけ現地の人を雇う
③ 問題が発生しても、現地の人だけで縮退運転(フォールバック(※))できるようにする
※システムなどに障害が起きた時、性能の低いシステムに代替したり、機能を限定して運用したりすること。
などの提案を行いました。
交渉ポイント1:社内説得
さて、本交渉を通じて北川さんが感じられたことのポイントの一つ目が、「社内説得の難しさ」です。しばしば、「外部交渉より内部交渉の方が難しい」と言われますが、本件も例外ではなかったようです。交渉の初期段階では、社会的意義こそ理解されるものの、経済合理性やリスク面などで疑問が呈され、その説得に苦労したそうです。中期段階では、交渉のセオリーに則り、キーマンの関心事を探りながら説得を進めましたが、これまたキーマンによって関心事が異なるため、その調整も容易ではありません。一枚岩になるのは難しく、そのため部分的に承認を得ながら進めていきました。後期段階においては、キーマン同士の不仲が露呈。問題解決の成否と直接関係のない要因が意思決定に影響を及ぼすという不合理も現実の交渉ではままある話です。北川さんは、キーマンの関心事に基づき、それぞれが受入れられやすい切り口で説得を試みました。因みに、ハーバード大学のジェームズ K.セベニウスは、このようなやり方を「アコースティック・セパレーション」と呼んでいます。後になって振り返ると、第三者やさらに上層部に働きかけることもできたのではないかと、ご本人は分析されています。
ポイント☞交渉相手の選択、交渉相手の事前プロファイリング
交渉ポイント2:仲間集め
複雑な交渉では、誰と組むか、あるいは組まないかの判断が重要になります。また、誰からどの順番で交渉していくかも重要になります。なぜなら、ある当事者との交渉結果が別の当事者との交渉に影響を及ぼすことがあるためです。とりわけ相手が外国ともなれば、この作業は容易ではありません。さらに言えば、交渉の過程で生み出した選択肢もどの順序で提示するかも結果に影響を及ぼします。特に、望ましいプロジェクトチームの組み合わせになるまで柔軟に調整できるよう、最後まで暫定的な状態でその余地を残しておくことが難しかったそうです。前述のセベニウスは著書『最新ハーバード流 3D交渉術』の中で、当事者の選定にあたっては「全当事者相関図」、交渉の順序を決めるにあたっては「逆方向マップ」の作成を勧めています。
北川さんらが取り組んでいたのはまさに「3D交渉」でした。政府と民間企業とでは関心事が異なるため、価値交換の仕方が通常のビジネスとは異なっていたこと、共通ゴール(島の人たちが自ら成長できること)の設定は交渉当事者の姿勢に影響を及ぼすため、これを最初にしっかりと固めておくことが非常に重要であるといったことが、この仲間集めでの教訓になります。
ポイント☞チームミーティング時の交渉、チーム対交渉相手、政府系組織の関心事
交渉ポイント3:初心忘るべからず
交渉が日本と相手国双方の民間企業ばかりでなく、政府関係者なども巻き込み巨大化、複雑化するにつれ、関係者の期待値も高まっていきました。ところが、その結果、内部の意思決定者がリスク回避的になり、過度なリスクヘッジをするなど思わぬ副産物も生まれてしまいました。しかし、やはりその際に大事だったのが共通ゴールだったそうです。
交渉結果
ところが、思いがけないことが起こります。いよいよ合意という段になって、同国で政権交代が起こり、プロジェクトそのものが御破算になってしまったのです。ということで、北川さんは本件を交渉に失敗事例としてお話しされていたのですが、交渉の何を以て成功と見なすのかは難しいところです。例えば、ヘンリー・キッシンジャーは、1973年のパリ和平協定でベトナム戦争を休戦に導きましたが、2年後のサイゴン陥落で、アメリカが支援した南ベトナム政府は消滅してしまいました。本件の場合、確かに合意にも至りませんでしたが、交渉プロセスについては概ね成功だったと言えるのではないかというのが、お話を伺っての感想です。もちろん、北川さんはエドウィン O.ライシャワー博士のように、同国の市民と対話するなど、さらにやれたことがあったのではないかと、今後の課題を挙げておられました。
<つづく>
繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
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